昔の私は、
「家は買うもの」だと思っていた。
むしろ、
買わないと不安だった。
家賃はもったいない。
持ち家こそ安心。
ローンを払えば最後は資産になる。
日本でも、
オーストラリアでも、
ずっとそういう空気がある。
もちろん、
持ち家が悪いと言いたいわけじゃない。
家を持つことで安心する人もいる。
家族の幸せを感じる人もいる。
それはその人の価値観だから、
否定する必要はない。
でも私は、
脳出血をして初めて気付いた。
“家を持つこと”と、
“人生の安心”は、
必ずしも同じじゃない。
もし高い住宅ローンがあったら。
もし固定費が今の何倍もあったら。
私は、
あの時かなり苦しかったと思う。
働けない。
収入が止まる。
でもローンだけは来る。
その怖さって、
実際に止まりかけると見える。
逆に私は、
かなり変わった暮らし方をしている。
ボート生活。
固定費は低め。
「普通の家」は持っていない。
はたから見れば、
不安定に見える人もいると思う。
でも実際は逆だった。
固定費が低いことで、
“選択肢”が残った。
焦って働かなくていい。
無理して身体を壊さなくていい。
「今は止まる」が選べる。
私は最近、
安心って「物」じゃなく、
“自由度”
なんじゃないかと思っている。
逃げ道がある。
止まれる。
選べる。
この余白が、
人生をかなりラクにする。
そしてもう一つ思う。
「家を買うのが普通」
これも、
かなり強い“思考の凝り”なんだって。
本当に自分が欲しいのか。
それとも、
世の中の空気を吸ってるだけなのか。
ここを一回考えるだけで、
人生設計はかなり変わる気がしている。
家計設計屋より


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