羽仁もと子から母へ、母から私へ。そして、息子たちへ。

「結局、何を教えている人なの?」
そう聞かれたら、私はこう答えます。
家庭のお金の解き方です。
食べる。住む。子どもを育てる。働く。休む。病気になる。年を取る。
その全部に、お金がついてくる。
私が考えたいのは、そのお金をどう配置したら、うちの家族が暮らしていけるのか、ということです。
世の中には、お金の正解が山ほどあります。
貯金しなさい。投資しなさい。収入を増やしなさい。夫婦で話し合いなさい。早く始めなさい。
分かってるよ。
できれば苦労してねえんだよ🤣
私は、そこから先を考えたい。
できない事情がある家庭で、今ある条件を使って、どう解くか。理想の条件がそろうまで待っていたら、今日の生活が回らないんです。
そして、この考え方には根っこがあります。
羽仁もと子。全国友の会。母。そして私。
途中で、世界の投資家や思想家から学んだことも重なりました。
でも、主語はずっと「家庭」です。
100年以上前に、家庭から始めていた人がいる
羽仁もと子は、1873年に生まれました。
夫の吉一と1903年に『家庭之友』、現在の『婦人之友』を創刊。1904年末には『羽仁もと子案家計簿』が初めて発行されました。1930年には、その雑誌の読者から全国友の会が生まれています。国立国会図書館
スマホも、家計簿アプリもない時代に、家庭の暮らしを数字で捉え、予算を立てて生活する仕組みが育っていた。
私が惹かれるのは、この「生活を考える」という土台です。
うちは、どんな暮らしをしたいのか。その暮らしに、いくら必要なのか。入ってくるお金を、何に、どれだけ使うのか。実際に暮らしてみて、どうだったのか。
婦人之友社が説明する予算の立て方では、一年分の収入や大きな支出を月々に割り振り、一年を通して収入内に収めることを考えます。支出の多い月と少ない月を、一年の中でつなげて見るんです。fujinnotomo.co.jp
これ、今でも必要でしょう。
毎月同じ額の出費だけで、生活している家庭なんてなかなかない。
学校のお金。保険。車の維持費。帰省。家電の買い替え。
「今月、急に出費が増えた!」
でも、毎年来る支払いなら、急だったのは支払いではなく、こちらの準備だったりする。
だから、時間を広げて暮らしを見る。
私にとって、家計簿は生活の観察記録です。予算は、これからの生活に渡す指示書。
記録を見て、次の配置を考える。その繰り返しが、家庭のお金を扱う力になると思っています。
母は、それを家庭の中で続けてきた
母が友の会に入ったのは1980年。
私は1977年生まれですから、まだ小さかった頃です。
母は長年、家計簿をつけ、予算を考え、家庭のお金を管理してきました。私と姉は、友の会の生活団で育ちました。
今、振り返ると、私はお金の知識だけを受け取ったわけではなかった。
限りあるものを、どう使うか。先に段取りを考えること。暮らしを見て、手を動かすこと。自分にできることを増やすこと。
そういう生活の土台ごと、受け取っていたのだと思います。
子どもだった私が、それを全部理解していたわけではありません。
母のやっていることを見て、「これは家庭経済の教育だ」なんて考えていたはずもない🤣
でも、母が何十年も続けてきたことには重みがあります。
今も続けている。その継続そのものが、私にとっての教科書です。
家庭のお金は、覚えたら終わりではありません。
子どもが生まれたら変わる。仕事が変われば変わる。病気になれば変わる。年を取れば変わる。
そのたびに見直しながら、暮らしを回していく。
母から受け取ったのは、変化する生活と付き合い続ける姿勢でした。
時間を並べると、私の根っこが見えてくる
ここで、私の考えを整理するうえで登場する人たちと出来事を、時間順に並べてみます。
全員がつながる一本の師弟関係ではありません。
実際に学んだ関係と、私が後から本や思想を通じて学んだ関係があります。
| 年・時期 | 人物・出来事 | 私の「家庭のお金」につながること |
|---|---|---|
| 1873年 | 羽仁もと子が生まれる | 家庭と生活を土台に考える、私の原点 |
| 1895年 | バックミンスター・フラーが生まれる | 世界の問題を広く捉え、設計によって解決を探った人物 |
| 1903年 | 羽仁もと子・吉一が『家庭之友』を創刊 | 家庭の生活を考え、伝える媒体が生まれる |
| 1904年末 | 『羽仁もと子案家計簿』を初めて発行 | 予算と記録を使って暮らしを考える道具 |
| 1930年 | 全国友の会が生まれる | 生活者が家庭の実践を持ち寄り、学び合う場 |
| 1949年 | ウォーレン・バフェットがグレアムの『賢明なる投資家』を購入 | バフェットが多くを学んだと述べる本との出会い |
| 1959年 | バフェットとチャーリー・マンガーが出会う | 長く続く協働の始まり |
| 1965年 | マンガーがバフェットに、企業の質を重視する方向を助言 | 学んだ方法を更新する実例 |
| 1977年 | 私、Ayaが生まれる | 母を通して家庭のお金と生活の土台に触れる |
| 1980年 | 母が友の会に入会 | 家計と暮らしを学び、実践する年月が続く |
| 1980年代初め | ロバート・キヨサキがフラーに学ぶ | お金の話の背景にある、世界や仕組みを見る学び |
| 1997年 | キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』が刊行される | お金の教育や、お金の流れへの問いを広める |
| 2024年2月 | 私が脳出血で倒れる | 自分が動けない条件から、家庭のお金を考え直す |
| 現在 | 家計設計屋Ayaとして発信 | 受け取った土台を庶民語にして、次の世代へ渡す |
歴史上の年月は、婦人之友社・全国友の会、バフェット自身の書簡、キヨサキ公式紹介、フラー研究機関の資料に基づいています。家族の年月は、私自身の記録です。fujinnotomo.co.jp
羽仁もと子から、友の会、母、私へ。
こちらは、家庭の中を通って届いた流れです。
ベンジャミン・グレアムから、バフェットへ。そして、バフェットとマンガーの長い協働。
こちらには、投資の考え方が受け継がれ、更新される流れがあります。
フラーから、キヨサキへ。
こちらには、お金だけに閉じず、世界や仕組みを見る学びがあります。
私は、それぞれから考える材料を受け取り、家庭の問題に使えるかを考えています。
家計は、もと子。投資は、Warren。
私は以前、こう整理しました。
家計は、もと子。投資は、Buffett。
私の家庭のお金には、投資もあります。
でも、投資を始める前から生活はある。
今日のごはんも、子どもの必要なものも、支払いもある。だから、順番を飛ばしたくない。
何を守る必要があるか。近いうちに使うお金はいくらか。長い時間をかけられるお金はどれか。
その区別をしてから、投資を家庭の中に置く。
バフェットの師匠として重要なのが、ベンジャミン・グレアムです。バフェットは、『賢明なる投資家』から多くを学んだと、自身の株主向け書簡で述べています。berkshirehathaway.com
そこから私が家庭に持ち帰りたいのは、自分で考える姿勢です。
周りが騒いでいるから動くのか。自分が理解して、必要だと判断したから動くのか。
家庭のお金でも、その違いは大きい。
みんなが買っている。今やらないと損らしい。持っていないと遅れている気がする。
そんな空気の前で、いったん止まる。
「それ、うちの何のためのお金?」
この問いを置けるだけで、判断は変わります。
誰かが儲かった話と、うちが使っていいお金の話は、つながっているとは限らない。
うちには、うちのお金の役割があるんです。
チャーリーから考える、学び直せる強さ
バフェットは、2023年の株主向け書簡で、マンガーが自分の考え方を変えるうえで果たした役割を振り返っています。
価格の安さを重視する方法から、企業の質と価格の両方を見る方向への更新です。berkshirehathaway.com
ここで私が受け取るのは、
一度覚えた解き方にも、見直しが要る。
ということです。
家庭でも、昔うまくいった方法が今も使えるとは限らない。
子どもが小さかった頃の予算を、十代になってもそのまま使う。元気だった頃の働き方を、病気の後も前提にする。
それでは、数字や生活が合わなくなることがあります。
自分がダメになったのか。条件が変わったのか。
そこは、ちゃんと分けたい。
条件が変わったなら、設計を変える。
「前はできたのに」と自分を責め続けても、今日使える体力は増えません。
今日の自分に合う方法を考える。そのために、過去に覚えた方法も見直す。
私にとって、学ぶことには、その作業も含まれています。
キヨサキと、その師匠フラー
キヨサキの話では、『金持ち父さん 貧乏父さん』がよく知られています。
お金の教育や資産・負債、お金の流れについて、多くの人が考える入口になった本です。
ただ、ここで取り上げたい彼の師匠は、バックミンスター・フラーです。
キヨサキの公式紹介では、1980年代初めにフラーに出会い、学び、大きな影響を受けたとされています。Rich Dad
フラーは、建築、設計、工学などの分野を横断し、人間の暮らしと世界の問題に取り組んだ人物です。Buckminster Fuller Institute
限られた資源をどう使うか。仕組みをどう設計するか。
その視点を、私は家庭のお金にも重ねて考えます。
これは、フラーが家計管理を教えたという話ではありません。私自身が、家庭の問題を考えるために引き寄せている視点です。
「足りない。もっと必要」
その前に、今あるものの置き方を見てみる。
お金だけでなく、時間、体力、使える制度、家族それぞれができることも見てみる。
収入が増えても、全部を使ってしまう配置なら、余白は生まれにくい。お金があっても、管理する人が疲れ切っていたら、その方法は続かない。
家庭を回している資源は、お金一つではないんです。
もちろん、配置を変えるだけでは足りない家庭もあります。
そのときは、足りない額や必要な支援をはっきりさせる。
設計は、困っている人に我慢をさせる道具ではありません。
現実を見て、次に必要な手を探すためのものです。
私は、自分が動けない家庭を経験した
2024年2月、私は脳出血で倒れました。
働けばいい。頑張ればいい。もっとやればいい。
そういう言葉だけでは、回らない生活になりました。
体力には限界がある。集中できる時間にも限界がある。以前の自分を前提にすると、生活のほうが無理をする。
その経験を通して、私の中で「もしものお金」は、もっと具体的な意味を持ちました。
私は、それを命金と呼んでいます。
自分が働けない間にも、生活をつなぐお金。回復を待つ時間を支えるお金。慌てて決めなくていい状態をつくるお金。
病気になってから、生活を守るお金まで急いで稼ぐ。それは、しんどい。
だから、元気な今の自分から、動けなくなった自分へ渡しておく。
私にとって命金は、そういうお金です。
そして、残高があることと、使っていいお金があることは違います。
口座に一緒に入っていると、全部が同じお金に見える。でも、その中には生活費も、近いうちの支払いも、守っておきたいお金もある。
私は、お金に役割を渡したい。
これは暮らすお金。これは守るお金。これは将来に渡すお金。これは楽しむお金。
役割が分かると、使う判断も変わる。
楽しむお金として確保できたものは、ちゃんと楽しんで使える。
家計を考えることは、楽しみを全部取り上げることではありません。楽しんだ後にも、生活が続くように考えることです。
夫婦の協力がなくても、考え始められる
「家計改善には、夫婦の協力が大切です」
そりゃ、協力できるならいいよ。
でも、そこが難しくて困ってる家庭もあるんだよ。
話し合えない。お金の感覚が違う。相手が管理に関心を持たない。収入が不規則。
そういう条件の中でも、今日の暮らしは続きます。
だから私は、理想の夫婦を入口にしたくない。
まず、自分が把握できるお金、自分が動かせるお金、自分が負担している支払いを整理する。
どこまで分かっていて、何が分からないのかを見えるようにする。
自分だけでは変えられない部分もあります。それも含めて、今の条件です。
できる範囲から設計し、必要なら助けを求める場所を探す。
相手が変わるまで、全部の作業を止める必要はない。
私は、そう考えています。
「協力してくれる人がいる家庭」だけが、お金を考えていいわけじゃないでしょう。
条件が難しい家庭にこそ、その条件から始められる解き方が必要なんです。
お金は言語だ。家庭には文脈がある
Money is a language.
お金は言語だ。
貯金、借金、利息、税金、年金、投資。
単語を知ることは入口です。
そこから、それぞれがどうつながり、自分の家庭で何を意味するかまで読みたい。
同じ金額でも、来月使う家庭と、十年使う予定がない家庭では意味が違う。
同じ収入でも、健康、家族構成、住まい、働ける時間が違えば、組み方は変わる。
だから、誰かの正解をそのまま持ってきても、自分の家庭に合うとは限らない。
単語だけでは会話にならないのと同じです。
私は、難しいお金の言葉を庶民語にしたい。
そして、「分かった」で終わらず、
「じゃあ、うちはどうする?」
まで、つなげたい。
計算ができても、家族との約束が曖昧なら回らない。情報があっても、疲れて実行できないなら方法を変える必要がある。
家庭のお金を解くときには、人間がいる。
その人間ごと、見たいのです。
母から受け取ったものを、息子たちへ
私が、まず渡したい相手は息子たちです。
働いたお金を受け取る。銀行口座を持つ。家を出る。車を持つ。契約をする。
暮らしの中で、次々にお金の判断が必要になる。
そのときに、言われたまま決めるだけにはしたくない。
いくら必要か。いつ必要か。払った後の生活はどうなるか。自分が引き受けるものは何か。
今決めることで、将来の選択肢はどう変わるか。
自分で問いを立てて、調べて、計算して、選べるようになってほしい。
私と同じ答えを出さなくてもいい。
自分の生活を考えて決められることが、大事です。
母が続けてきた家計簿。その背景にある羽仁もと子と友の会。
私がそこに重ねてきた学びと、自分の生活で得た経験。
それを、次の世代が使える言葉にして渡したい。
受け取った形のまま保存するだけでは、息子たちの暮らしには届かないかもしれない。
暮らす国も、使う道具も、働き方も変わる。
だから、土台を大切にしながら、言葉と方法は更新する。
母から私へ届いたものを、私から息子たちへ渡すために。
私は正解を持たない。解き方を持っている
家庭のお金には、条件があります。
入ってくる額。必要な支払い。健康。時間。家族関係。将来の予定。
そして、自分がどんな暮らしをしたいか。
私が一緒に考えたいのは、その条件を読むところからです。
まず現状を知る。お金の役割を分ける。時間を広げて見る。できる手を選ぶ。やってみる。合わなければ直す。
一回うまくいかなかったら、全部終わりではありません。
暮らしが続く限り、見直す機会も続きます。
私は、全部の家庭に配れる一枚の正解を持っていません。
でも、家庭のお金を見て、問いを立てて、次の手を考える解き方は持っています。
羽仁もと子から、母へ。母から、私へ。
その土台に、グレアム、Warren、チャーリー、キヨサキ、フラーを通じて考えたことが重なった。
そして今、私は、自分の言葉で渡しています。
お前の家庭のことを、一緒に読もう。
誰かの正解を探す前に、うちの条件を見よう。
そこから、うちの解き方をつくろう。
家計設計屋Aya。
家庭のお金の解き方を、庶民語で。



コメント