特別編カオスババア⑮

「ブログって何?」から8カ月。自分を掘っていたら、家計設計屋AYAになった。

2026年8月22日。

今日、初めて一人でlit.linkを最後まで組みました。

家計設計屋AYA lit.link
自分のお金を、自分で決める。、家計設計屋AYA採寸はWhatとWhy。仕立てがHow。自分で考え、自分で選ぶための家計設計。、One link to tell your story.

ブログ、note、Instagram、Facebook、YouTube、そして商品。

今までバラバラに作ってきたものが、一枚の画面の中につながりました。

そこでふと思いました。

「私、そもそもどこから始まったんだ?」

昔のInstagramを遡ってみました。

出てきたのは、

海。

船。

オーストラリアでの暮らし。

英語。

投資。

家計。

そして、今とは全然違うロゴ。

【ここに初期Instagram・AYA MONEY LIFEの画像】

超初期🤣🤣🤣

さらに遡って、この8カ月にやってきたことを並べてみました。

すると、思っていたのとは少し違うものが見えてきました。

私は、

「起業しよう」と思ってAYAというブランドを作ったわけではなかった。

海も、船も、暮らしも、英語も、投資も、家計も、カオスババアも、筆文字も。

バラバラに見えていたものは、

全部、もともとの私でした。

そしてもうひとつ。

私はこの8カ月で「家計設計屋AYAの思想」を作ったと思っていました。

これも違いました。

思想は、もっと前から生活の中にありました。

この8カ月でやってきたのは、

すでに自分の中にあったものを掘って、

言葉にして、

名前をつけて、

人に渡せる形へ翻訳すること。

だったのだと思います。

今日はその途中経過を、できるだけそのまま残しておきます。

現在地は、

有料相談2〜3人。
商品1個。

今も個人事業主の先輩に話を聞き、同じように試行錯誤している仲間と壁打ちしている途中です。

成功談ではありません。

まだ途中だからこそ残す記録です。


始まりは「起業」ではなく、投資だった

2025年。

私はYouTubeでWarren BuffettとCharlie Mungerの動画を見漁っていました。

投資テクニックだけに興味があったわけではありません。

私が面白いと思ったのは、

長期で考えること。

目の前の値動きだけで判断しないこと。

お金をどこに置くのか、自分で考えること。

そして、

自分のお金の主導権を、自分で持つこと。

見ているうちに、

「自分でもやってみたい」

と思いました。

この時点で起業する気はありません。

家計設計屋AYAも存在していません。

ラップトップすら持っていません🤣


2025年11月|スマホでPearlerを始める

スマホからPearlerの証券口座を作りました。

Pearlerは、オーストラリアで株やETFなどを売買できる投資プラットフォームです。

調べるのもスマホ。

口座開設もスマホ。

実際にお金を入れるのもスマホ。

たったこれだけですが未来に立ち向かうために、私一人で動き出した第一歩目でした。

そして、ここを今回振り返っていて気づきました。

家計設計屋AYAの思想は、この時点ですでに完成していました。

投資を始めたから、家計の思想が生まれたのではありません。

投資は、

すでに持っていた考えを実際に行動へ移したもの

だったんです。


私の家計は、すでに「二階建て」だった

当時すでに、私の中では家計を二階建てで考えていました。

家族として暮らすためのお金。

そして、自分のお金。

全部を一つの財布にして、

「夫婦だから全部一緒」

とは考えていませんでした。

家族として守るものは守る。

共同で負担するものは共同で負担する。

その上に、

自分で管理し、自分で使い道を決めるお金がある。

だからPearlerへ入れた投資資金も、自分のお金。

後に買うA$1,500のラップトップも、自分のお金です。

夫に、

「ラップトップ買っていい?」

とは聞いていません。

家族のお金を無視して好き勝手に使う、という話ではありません。

どこまでが家族として守るお金なのか。

どこからが自分で決められるお金なのか。

そこを分けていた。

だから、自分のお金については自分で決められた。

今、家計設計屋AYAの看板には、

「自分のお金を、自分で決める。」

と書いています。

これは商品を売るために後から考えたコピーではありません。

先に私の生活がそうなっていました。


ところが、夫とは離婚沙汰になる🤣

本人の中では筋が通っている。

だから家庭も平和。

……とはなりませんでした🤣

毎日スマホにかじりついて、

何かを調べている。

証券口座を作っている。

お金を入れている。

私の頭の中では全部つながっていました。

でも、夫から見れば、

「この人、携帯で一体何をやってるんだ?」

だったのかもしれません。

激闘。

そして、

まさかの離婚沙汰😱

今は笑って書けますが、当時は普通に大喧嘩です。


2025年12月11日|A$1,500のラップトップを買う

その後、自分のお金A$1,500でラップトップを買いました。

起業用ではありません。

ブログ用でもありません。

最初は、

スマホじゃなくて、パソコンでちゃんとやろう。

それくらいでした。

ちなみに。

不思議なことに、

ラップトップを買って以来、あのレベルの大喧嘩はありません🤣

小競り合いはあります。

夫婦なので🤣

そして、この時には想像もしていなかったけれど、このラップトップが後に、

ブログを書く。

文章を書く。

画像を作る。

PDFを作る。

商品を作る。

SNSを管理する。

自分の考えを整理する。

仕事を作る。

全部の道具になります。


6日後。「ブログって何?」

2025年12月17日。

ラップトップを買って、わずか6日後。

私は、

「ブログって何?」

というところからブログを作り始めました。

起業のためではありません。

理由は大きく2つありました。


ブログを始めた理由① 脳出血で受けた心の傷を整理したかった

私は2024年、46歳で脳出血を経験しました。

突然倒れて、

身体が変わった。

生活が変わった。

仕事も変わった。

自分に起きたことを文章にしていくことは、

自分自身の中で、あの出来事を整理する作業

でもありました。

書いて、

読み返して、

また書く。

それに私はかなり助けられました。

ブログは誰かに読んでもらう場所である前に、

自分自身を助ける場所

でもありました。


ブログを始めた理由② 「脳出血した本人の、その後」が少なかった

脳出血について検索すると、医療情報はあります。

症状。

治療。

リハビリ。

再発予防。

でも、私が知りたかったのはそれだけではありませんでした。

脳出血した本人って、その後どう暮らしてるの?

仕事は?

家族とは?

身体は?

気持ちは?

その後の人生ってどうなる?

私が探していたのは、

病院を出た後の「本人の日常」

でした。

そして私自身、誰かがネットに残してくれた情報に助けられました。

だから、

「だったら私も残しておこう」

と思いました。

いつか同じように脳出血をして、

不安になって、

スマホで検索している誰かが私の記事を見つけて、

「あ、この人、その後も普通に暮らしてる」

どころか、

「なんか数年後に商売まで始めてる🤣」

と思ってくれたら、それも一つの情報です。

それがAYA LIFE BLOGの始まりでした。


Xserver? WordPress? 本当にそこからだった

ブログを書こうと思っても、

そもそもブログをどう作るのか分かりません。

そこで使ったのがXserverとWordPress。

Xserverは、ブログのデータを置くレンタルサーバー。

当時の私は、

Xserver=ネット上の土地

と理解しました。

WordPressは、その場所に記事やページを作ってブログを構築する仕組み。

だから、

Xserver=土地

WordPress=家を建てる仕組み

AYA LIFE BLOG=そこに建てた家

私にはこれで十分でした🤣

「固定ページって何?」

「投稿との違いは?」

「ヘッダー?」

「カテゴリー?」

「メニュー?」

全部そこから。

触る。

分からなくなる。

調べる。

また触る。

たまに壊す🤣

そしてまた直す。


日本語?英語?ここでも迷走する

そして次の問題。

私はオーストラリアに住んでいます。

じゃあ英語?

でも一番自然に書けるのは日本語。

日本の人にも読んでもらいたい。

でもオーストラリアの話もする。

英語版も必要?

**日本語?

英語?

両方?

誰に向けて書いてるんだ私?🤣**

英語版と日本語版の間をウロウロしました。

今なら、

「ターゲットを先に決めましょう」

と言われる意味も分かります。

でも私の場合、

やってみなければ、自分が誰に何を渡したいのかすら分からなかった。

出してみる。

違和感がある。

変える。

また出す。

その繰り返しでした。


ブログ開始から約4カ月。Google検索に引っかかり始める

最初は記事を書いても、

「これ、誰が読むんだ?🤣」

という状態です。

それでも残していたら、ブログ開始から約4カ月ほどで、少しずつGoogle検索から記事が見つかるようになりました。

これにはかなり驚きました。

SNSは今いる人に届く。

でもブログは違う。

今日書いたものを、

半年後、

1年後、

必要になった誰かが検索して見つける可能性がある。

ここで私は、

「残しておく」こと自体に価値がある

と実感しました。

だから今でもブログは、私にとって発信の母船です。


実はInstagramは前からあった

Instagramのアカウント自体は、なぜかもっと前から持っていました🤣

起業用に作ったわけではありません。

自分の暮らしや興味を出していた場所。

昔のInstagramを遡ると、

海。

船。

暮らし。

英語。

お金。

投資。

いろんなAYAが出てきます。

そして2025年11月26日の投稿には、

AYA MONEY LIFE

というロゴ。

【ここにAYA MONEY LIFE初期ロゴ】

今見ると、

超初期🤣

です。

でも今回これを見て、

「昔は方向性が違った」

とは思いませんでした。

むしろ逆。

名前は違うのに、中にあるものはすでに今と同じだった。


私は「事業」を作っていたわけではなかった

ここが今回、昔のInstagramを見返して一番大きかった気づきです。

私は、

「起業するためにAYAというブランドを作った」

わけではありません。

最初から事業計画があったわけでもない。

Instagramも仕事用ではなかった。

ただ、

自分が暮らしている。

興味を持つ。

調べる。

考える。

発信する。

その中で家計や投資について話すことが増えてきた。

そして徐々に、

「私は何を人に渡せるんだろう?」

と考えるようになりました。


迷走していたのは「自分を仕事に翻訳していた」から

ここから、本当にいろいろやりました。

ロゴも何度も変わりました。

日本語と英語の間で迷いました。

投資を前面に出した時期もありました。

家計を前に出した。

「カオスババア」というキャラクターも生まれた🤣

筆文字も使った。

比喩も増えた。

そして「家計設計屋」という言葉にたどり着いた。

楽しかったです。

めちゃくちゃ面白かった。

でも同時に、

かなり苦しかった。

なぜなら、

どれかが偽物なら簡単なんです。

「これは私じゃない」

と捨てればいい。

でも、

全部、私だった。

海も私。

ボート暮らしも私。

脳出血も私。

投資も私。

家計も私。

英語も日本語も私。

カオスババアも私🤣

筆文字も私。

どれか一個に絞ろうとすると、何かが違う。

だから必要だったのは、

何かを捨てることではありませんでした。

必要だったのは、

「この全部に共通しているものは何なんだ?」

を見つけること。

今思えば、この8カ月の迷走は、

自分自身を、仕事として人に伝わる形へ翻訳する作業

だったんだと思います。


PayhipとStripe。商品より先に店とレジを作る🤣

そんなことをやりながら、

今度はPayhipとStripeまで触り始めました。

Payhipは、PDFなどのデジタル商品を販売できるオンラインショップ。

私の理解では、

Payhip=店。

Stripeは、オンラインでカード決済などを受け取る仕組み。

つまり、

Stripe=レジ。

問題があります。

商品がない🤣

何屋かも完全には決まっていない。

なのに、

店を作る。

レジを置く。

自分で自分の商品を買って決済テストまでやる。

土地を借り、

店を作り、

レジを設置してから、

「ところで何屋にする?」

です🤣


2026年4月|ChatGPTに課金。壁打ち量が爆発する

4月頃からChatGPTを本格的に使うようになりました。

ここから、

「私は何ができる?」

「これは商品になる?」

「誰に渡す?」

「値段は?」

「この説明、意味分かる?」

「私は結局、何屋?」

ひたすら壁打ち。

答えをもらうというより、

自分の中にあるものを外へ出して、眺めるための壁

として使うことが増えました。

すでに生活の中にあった思想が、ここからどんどん言葉になっていきました。


2026年4月28日|ABN取得

そしてABNを取得。

ABNは、オーストラリアで個人事業をするときに使う事業者番号です。

ここでもまだ、

「私は何屋?」

をやっています🤣

完成してから事業者になったわけではありません。

先に進んで、後から意味が追いつく。

どうやら私はずっとこの方法です。


6月14日|note開始

noteでは、

家計。

投資。

命金。

お金の置き場所。

これからの人生。

自分の経験。

そんなものを書き始めました。

ブログとは少し役割が違ってきました。

ブログは、脳出血も、オーストラリア生活も、ボート暮らしも含めた、

私の人生を蓄積する母船。

noteは、

家計やお金について、自分の思想を掘って文章にする場所。

書けば書くほど、

「私は節約術を教えたいわけじゃない」

「投資商品を勧めたいわけでもない」

「人の家計に正解を出したいわけでもない」

と、

やりたくないことまで見えてきました。


7月|YouTube。そして8月、Instagram・Threadsへ

7月には、オーストラリア生活や長年のボート暮らしについてYouTubeのインタビューを受けました。

これも最初から仕事の導線として作ったものではありません。

でも後から、

「AYA本人が見える場所」

という役割になりました。

そして8月。

Instagramを本格的に仕事の入口として使い始め、Threadsも開始。

個人事業主の集まるコミュニティにも積極的に参加するようになりました。

先に商売をしている人の話を聞く。

同じように試行錯誤している仲間と話す。

人の商品を見る。

自分の商品を見てもらう。

今も絶賛、壁打ち中です。


そして最後に見えてきたのは「自己決定」だった

海も船も家計も投資も。

全部を掘っていった時、

最後に残ったものがありました。

それが、

自己決定。

家計設計屋AYAの根っこは、

節約ではありません。

家計簿でもありません。

投資でもありません。

お金持ちになることでもありません。

私がやりたいのは、

自分の人生を、自分で選べる状態を作ること。

そのために、お金がある。

だから家計は、

人生の主導権を自分の手に置いておくための生活インフラ

なんです。

今どこにいるのか。

何を守るのか。

どこへ行きたいのか。

何を今決める必要があって、

何をまだ決めなくていいのか。

それを自分で分かっていれば、

自分で選べる。


そして「DROP ANCHOR」にたどり着いた

不安になると、人は未来へ流されます。

この先どうなる?

足りる?

老後は?

仕事は?

投資は?

もっと必要?

まだ足りない?

未来を考えること自体が悪いわけではありません。

でも、どこまでも流されてしまうと、

今、自分がどこにいるのか

が分からなくなる。

だから、

DROP ANCHOR ⚓️

一度、錨を下ろす。

不安を消すためではありません。

未来を固定するためでもありません。

これ以上流されないように、一度現在地へ戻るため。

錨を下ろしても、船は止まり切りません。

潮が動けば、錨を起点に船も動く。

でも、どこまでも流されてはいかない。

落ち着いたら、

また錨を上げて、

自分で次の方向を決めればいい。

これが今の家計設計屋AYAの考え方です。

【ここに現在の「家計設計屋AYA/DROP ANCHOR」ロゴ】


だから、サービスの形にも同じ思想が出てきた

ここまで来て、もうひとつ面白いことに気づきました。

私は、長期間誰かに伴走してもらって、

「あなたはこうした方がいい」

「次はこれをしてください」

と全部導いてもらうサービスに、あまり魅力を感じません。

たとえば100万円の長期起業コンサルを提案されても、今の私はたぶん買いません🤣

専門家が必要ないと思っているわけではありません。

むしろ、必要な時にはものすごく頼りたい。

でも私が欲しいのは、

「ちょっと助手席乗って。今ここなんだけど、どう見える?」

なんです。

だから、きょうこさんのような1時間単位のスポット相談が、私にはすごくしっくりきます。

必要な時に専門家の視点を借りる。

自分だけでは見えないところを一緒に見る。

整理する。

そして終わったら、

また自分で運転する。

主導権は渡さない。

これ、家計設計屋AYAで作ろうとしているサービスと全く同じでした。


私は、相談者の人生を預かりたくない

家計相談というと、

収入はいくらですか。

資産はいくらですか。

毎月いくら使っていますか。

では、この支出を減らしましょう。

このくらい貯めましょう。

そんなイメージもあります。

でも、私がやりたいことは少し違います。

相談者の人生を預かりたいわけではありません。

正解を決めてあげたいわけでもありません。

まして、

私がいないと進めない人を作りたいわけではない。

一緒に現在地を見る。

何が不安なのかを探す。

守るものを決める。

選択肢を見えるようにする。

そして、

「あ、じゃあ私はこっちに行く」

と本人が決められる状態に戻す。

そこまで。

その後はまた自分で進めばいい。

必要になったら、また来ればいい。

つまりサービスの作り方まで、

「自分の人生を、自分で決める」

という同じ思想になりました。


8カ月の迷走そのものが、起業コンテンツになると思った

一般的な起業の説明を見ると、

コンセプトを決める。

ターゲットを決める。

商品を作る。

ブランドを作る。

発信する。

そんな順番で説明されることが多いと思います。

もちろん、それで作れる人もいる。

でも私は全然違いました。

私の場合は、

生きる

興味を持つ

発信する

試す

違和感を持つ

変える

また試す

共通している思想に気づく

名前がつく

商品になっていく

でした。

だから昔のInstagramを見て、

「迷走してて恥ずかしい」

とは思いませんでした。

むしろ、

これ全部、家計設計屋AYAができるまでの一次資料じゃん🤣

と思いました。

初期ロゴも。

英語版も。

日本語版も。

投資を前面に出していた時期も。

カオスババアも。

筆文字も。

全部残しておきたい。


事業を作って、自分をそこにはめ込んだんじゃない

今回この8カ月を振り返って、一番しっくりきた言葉があります。

事業を作って、自分をそこにはめ込んだんじゃない。

自分を掘っていったら、事業になった。

だから苦しかったんだと思います。

架空のブランドなら、

合わなければ変えればいい。

でも掘っていたのは自分自身。

どれも自分だから簡単には捨てられない。

それでも、

「全部に共通しているものは何?」

を探し続けた。

そして最後に出てきたのが、

自己決定。

でした。


初期ロゴと今のロゴ

2025年11月。

AYA MONEY LIFE

【初期ロゴ画像】

そして2026年8月。

家計設計屋AYA
Household Survival Design
DROP ANCHOR ⚓️

【現在ロゴ画像】

見た目はかなり変わりました。

でも、この2つの間で、

思想が別物になったわけではありません。

変わったのは、

名前。

言葉。

見せ方。

誰に届けるのか。

どう届けるのか。

そして、

自分自身が、自分のやっていることを説明できるようになったこと。

中にあるものは、最初からかなり同じでした。


8カ月で、商品1個。

そして現在。

2026年8月22日。

有料相談は2〜3人。

友人とは無限壁打ち🤣

個人事業主のコミュニティで、先輩の話を聞いている。

仲間とも壁打ちしている。

Payhipに正式に置いている商品は、

1個。

8カ月やって、

商品1個です🤣

でも今は、それでいいと思っています。

この8カ月で作った一番大きなものは、

商品数ではなかったから。

自分が何を渡したい人なのかが、ようやく分かった。


ブログを始めた時と、やっていることは同じだった

そして最後に、もうひとつ。

これを書いていて気づきました。

脳出血のブログを始めた時、

私は、

「自分が欲しかった情報が少なかった。だったら私の経験を残しておこう」

と思いました。

今回この8カ月を残す理由も、まったく同じです。

何かを始める時、

完成した人の成功談はたくさんあります。

でも私が知りたかったのは、

その人が何も分からなかった頃。

何を最初に触った?

何カ月迷った?

商品はいつできた?

最初からターゲットなんて分かってた?

SNSを使い分けられた?

何屋か最初から分かってた?

私は、

全然分かっていませんでした🤣

だから、これも残しておきます。

誰かがいつか、

「何か始めたいけど、まだ自分が何者なのか分からない」

と思った時、

この記録を見つけて、

「この人もぐちゃぐちゃだったじゃん🤣」

と思ってくれればいい。

そして、

「じゃあ私は今、この辺かな」

と自分の現在地を確認できればいい。


現在地、2026年8月22日。

成功談ではありません。

まだ途中です。

でも、今だから残せるものがあります。

初期ロゴも。

迷走も。

英語と日本語を行ったり来たりしたことも。

夫と激闘したことも🤣

商品より先に店とレジを作ったことも。

8カ月かけて商品がまだ1個しかないことも。

全部、今のうちに残しておきます。

私が作りたかったのは、

誰かに人生を決めてもらう仕組みではありませんでした。

家計も。

仕事も。

相談サービスも。

私自身の生き方も。

結局、全部同じところへ戻ってきます。

主導権を、自分の手に置いておく。

そのために家計を設計する。

不安に流されそうになったら、

DROP ANCHOR ⚓️

一度、現在地へ戻る。

そしてまた、

自分で次の方向を決める。

この8カ月で思想を作ったのではありません。

ずっと自分の中にあったものに、ようやく言葉と形が追いついてきた。

事業を作って、自分をそこにはめ込んだんじゃない。

自分を掘っていったら、事業になった。

2026年8月22日。

家計設計屋AYA、8カ月目。

商品、まだ1個🤣

そして私はまだ、

地図の途中です。

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