優しい人ほど、つい手を出してしまう。
- 危ないから持つよ
- 転ぶといけないから座ってて
- 時間かかるから私がやる
- 大変そうだから代わりにやる
その気持ちは本物だ。
相手を思っている。責める話ではない。
ただ、ここにも逆説がある。
優しさが、自立を奪うことがある。
人は、やらなくなったことからできなくなる。
自分で立たない。
歩かない。
選ばない。
考えない。
持たない。
その積み重ねで、
- 筋力が落ちる
- 判断が鈍る
- 自信がなくなる
- 「自分では無理」と思い込む
こうして能力は静かに縮んでいく。
これは高齢者だけの話ではない。
家族関係でも、子育てでも、夫婦でも起こる。
やってあげすぎるほど、相手は弱りやすい。
もちろん、本当に必要な介助はある。
- 転倒リスクが高い
- 痛みが強い
- 麻痺がある
- 認知機能が落ちている
- その日は体調が悪い
こういう時に支えることは大切だ。
問題は、できることまで奪ってしまう支援。
本当に優しい人は、全部やる人ではない。
できる部分は任せ、できない部分だけ支える人だ。
少し時間がかかっても、自分でやる。
少し危なっかしくても、見守る。
必要な時だけ手を貸す。
それが能力を残す支援になる。
介護の本質は、世話ではない。
その人の力を最後まで残すこと。
次回、ボート生活はなぜ機能を使うのか。


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