思考の凝り|第5.5話 「働かない夫が恥ずかしかった」話

脳出血で退院したあと。

私は、
「もう元通りに戻れる」
と思っていた。

少し休めば大丈夫。
また普通に働ける。
また元の生活に戻る。

本気でそう思っていた。

でも実際の脳は、
そんな簡単じゃなかった。

疲れる。
集中できない。
感情も不安定。
すぐ電池切れになる。

でも当時の私は、
それをなかなか受け入れられなかった。

そしてもう一つ。

私はずっと、
夫のことを

「自由人」
「怠け者」
「働かないクソ夫」

くらいに思っていた。

正直、
かなり見下していた部分もあったと思う。

でも脳出血のあと、
初めて見えた。

夫は、
“止まれる設計”
を先に作っていた。

自分で働き方を設計して、
固定費を低くして、
無理に働き続けなくてもいい状態を作っていた。

私はそれを、
ずっと理解できていなかった。

むしろ、

「ちゃんと働いてない」

ように見えていた。

実際、
私が倒れたあと、
夫はかなり長い間ほとんど働かなかった。

もし私に何かあった時、
子どもたちを見る必要があると思っていたから。

その期間、
世帯収入はかなり落ちた。

正直、
私は恥ずかしかった。

働かない夫。

周りからどう見えるか。
普通の家庭に見えないこと。

そこがかなり引っかかっていた。

でも今なら分かる。

私の中に、

「男は働き続けるべき」
「止まるのはダメ」
「普通の働き方が正しい」

という、
かなり強い“思考の凝り”があった。

しかも私は、
自分の方こそ、
止まれないループに入っていた。

頑張る。
無理する。
走り続ける。

それを、
“正しい人生”
だと思っていた。

でも実際は逆だった。

夫の方が、
人生の設計をしていた。

私は、
社会の空気に合わせていただけだった。

もちろん、
かなり極端な生き方だと思う。

誰でも真似できるものじゃない。

でも最近は、
正直かなり尊敬している。

「働かなくても生きられる状態」
を作るって、
口で言うほど簡単じゃない。

固定費。
働き方。
価値観。
周囲の目。

全部逆らう必要がある。

多分、
ほとんどの人は途中で怖くなる。

私も昔は、
理解できなかった。

でも脳出血を経験して、
考え方がかなり変わった。

人生って、
「いつでも働ける前提」
で組むと危ない。

止まる時。
介護。
病気。
子育て。
メンタル。

人間は、
普通に止まる。

だから最近、
私は

「どれだけ稼げるか」

より、

「止まっても崩れないか」

の方が、
ずっと大事だと思っている。

家計設計屋より

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