このままでいいのか? このままで終わりたくない。40代・50代の揺れる気持ち
40代、50代って、難しい時期だなと思う。
もっと稼げるんじゃないか。
もっと投資できるんじゃないか。
もっと大きな家に住めるんじゃないか。
子どもをもっといい学校に行かせられるんじゃないか。
上を見れば、まだまだある。
やれることも、欲しいものも、尽きない。
その一方で、ふと考える。
「この“もっともっと”って、どこまで続くんだろう?」
今ある暮らしを大事にしたい。
これで十分だと思えたら、気持ちが楽になるのかもしれない。
でも、そのすぐ後に、もう一人の自分が言う。
「本当に、このままでいいの?」
「私、まだ一発かませるんじゃない?」
この気持ち、わかるわあ🤣
若い頃みたいに、体力任せで突っ走れるわけではない。
頑張った翌日に疲れが残るし、気持ちだけ先に走って、身体がついてこないこともある。
休みたい。
無理はしたくない。
穏やかに暮らしたい。
全部、本音。
それでも、このままで終わりたくない。
これも本音なんだよね。
私は46歳で脳出血した。
それまで当たり前にできていたことが、当たり前ではなくなった。
今も、使える体力や集中力には限りがある。
だから、身体を大事にする必要はわかっている。
今日できたからといって、明日も同じだけできるとは限らない。
それでも48歳の私は、ブログを書いて、新しいことを学んで、家計設計屋としての挑戦を始めている。
「生きているだけでありがたい」と思う気持ちもある。
でも、生きているからこそ、やってみたいことがある。
ありがたいと思うことと、もっと何かをしたいと思うことは、私の中では両方ある。
今の暮らしが嫌だから挑戦する、とも限らない。
家族がいて、日常があって、大事にしたいものがある。
その暮らしの中で、まだ自分にできることを探している。
自分の経験が、誰かの役に立つかもしれない。
学んできたことを、形にできるかもしれない。
今までとは違う働き方や、収入の作り方があるかもしれない。
一度、やってみたい。
自分がどこまで行けるのか、見てみたい。
ただ、ここが難しい。
挑戦したい気持ちに押されて、時間もお金も体力も、全部つぎ込んでいいのか?
「もっと」を追いかけているうちに、今ある暮らしを楽しむ余裕までなくなったら、私は何のために頑張っているんだろう。
お金も同じだと思う。
もっと稼ぐ。
もっと貯める。
もっと投資する。
数字が増えるのは嬉しい。
安心につながることもある。
でも、「いくらあれば十分なのか」が見えないままだと、増えても増えても、次の目標が出てくる。
家を大きくしたら、維持するお金も必要になる。
子どもの学校にお金をかければ、その支払いを続けるために働く時間が増えるかもしれない。
どれも選んでいい。
ただ、その「もっと」のために、自分は何を差し出すのかも見ておきたい。
お金だけじゃない。
時間も、体力も、心の余裕も。
私が欲しいのは何だろう。
安心?
選べる余白?
子どもの選択肢?
自分で収入を作れたという手応え?
そこを言葉にすることも、お金の読み書きなんだと思う。
「増やしたい」の中身がわかれば、頑張るところも、もう十分なところも、少し見えてくる気がする。
私はまだ、「もっともっと」から降りる時期を決められていない。
もう十分だなと思う日もある。
いや、まだ行けるだろうと思う日もある。
疲れて昼寝をした後に、新しいアイデアが浮かんで、またやる気になる日だってある🤣
だから今は、一つずつ考えている。
何は守りたいのか。
何には挑戦したいのか。
どこまでなら、今の自分で続けられるのか。
全部を大きくしなくても、やってみたいことに力を使うことはできるのかもしれない。
「このままでいいのか?」
「このままで終わりたくない」
その問いに、まだ答えは出ていない。
今日も海の上で考えている。
今ある暮らしを大事にしたい私と、
まだ一発かませる気がしている私。
どっちも、今の私なんだよね。



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