私は昔から不思議だった。
なぜみんなそんなに忙しいんだろう。
なぜそんなに予定を詰め込むんだろう。
もちろん働くことは大切だ。
家族を支えることも大切だ。
でも50代が近づくにつれて、
私は余白の価値を強く感じるようになった。
若い頃は違った。
空いている時間は無駄だと思っていた。
何かをしなければ。
何かを達成しなければ。
そんな気持ちもあった。
でも今は違う。
余白は無駄ではない。
余白は資産だと思っている。
考える時間。
ぼーっとする時間。
散歩する時間。
海を眺める時間。
家族と話す時間。
何もしない時間。
そういう時間があるから、
人生は整っていく。
逆に予定で埋まりすぎると、
考えられなくなる。
疲れていることにも気付かない。
間違った方向に進んでいても修正できない。
人生後半は変化が増える。
親の介護。
自分の健康。
子供の独立。
仕事の変化。
予想外のことが次々と起こる。
そんな時に必要なのは、
完璧な計画ではない。
立ち止まって考える余白だ。
私は自由であることに幸せを感じる。
余白があることに幸せを感じる。
家族と時間を過ごせることに幸せを感じる。
だから固定費を下げる。
だから命金を持つ。
だから物を増やしすぎない。
全部、
余白を守るためだ。
お金の余白。
時間の余白。
心の余白。
どれか一つでは足りない。
人生後半は、
何かを増やすゲームではない。
余白を取り戻すゲームなのかもしれない。
そして私は、
余白がある人ほど、
柔らかく、しなやかに生きられると思っている。
余白は贅沢品ではない。
人生後半を生きるための必需品なのだと思う。


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