50代からの移行設計|第10話 余白は贅沢品ではない

私は昔から不思議だった。

なぜみんなそんなに忙しいんだろう。

なぜそんなに予定を詰め込むんだろう。

もちろん働くことは大切だ。

家族を支えることも大切だ。

でも50代が近づくにつれて、

私は余白の価値を強く感じるようになった。

若い頃は違った。

空いている時間は無駄だと思っていた。

何かをしなければ。

何かを達成しなければ。

そんな気持ちもあった。

でも今は違う。

余白は無駄ではない。

余白は資産だと思っている。

考える時間。

ぼーっとする時間。

散歩する時間。

海を眺める時間。

家族と話す時間。

何もしない時間。

そういう時間があるから、

人生は整っていく。

逆に予定で埋まりすぎると、

考えられなくなる。

疲れていることにも気付かない。

間違った方向に進んでいても修正できない。

人生後半は変化が増える。

親の介護。

自分の健康。

子供の独立。

仕事の変化。

予想外のことが次々と起こる。

そんな時に必要なのは、

完璧な計画ではない。

立ち止まって考える余白だ。

私は自由であることに幸せを感じる。

余白があることに幸せを感じる。

家族と時間を過ごせることに幸せを感じる。

だから固定費を下げる。

だから命金を持つ。

だから物を増やしすぎない。

全部、

余白を守るためだ。

お金の余白。

時間の余白。

心の余白。

どれか一つでは足りない。

人生後半は、

何かを増やすゲームではない。

余白を取り戻すゲームなのかもしれない。

そして私は、

余白がある人ほど、

柔らかく、しなやかに生きられると思っている。

余白は贅沢品ではない。

人生後半を生きるための必需品なのだと思う。

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