副業広告には、数字だけではなく人物設定もよく出てくる。
子育て中の私でも。
会社員の私でも。
学歴のない私でも。
英語ができない私でも。
普通の主婦だった私でも。
この言葉は強い。
なぜなら、人は成功者そのものより、
自分に近い人の成功話 に反応しやすいからだ。
派手な経営者より、
同じように忙しい母親。
有名インフルエンサーより、
疲れた会社員。
天才より、
普通の人。
その方が「私にもできるかも」と思いやすい。
これ自体は悪いことではない。
人が勇気をもらうのは自然だ。
ただ、広告ではここが強く使われる。
本質は仕事内容より、
「あなたと同じ人が成功した」に寄せられる。
すると、冷静に見るべき部分が薄くなる。
何をしたのか。
どれだけ時間を使ったのか。
元々経験があったのか。
再現できるのか。
今も継続しているのか。
本来見るべきなのはここだ。
でも人は先に共感してしまう。
私も海外生活をしていて思う。
「英語できなくても海外で稼げました」
この言葉は刺さる人が多い。
でも現実はかなり雑だと思う。
英語ゼロで安定して商売するなら、
別の強み・人脈・特殊環境・例外条件があることも多い。
そこを飛ばして、
“英語できなくても”だけが残る。
これが広告の切り取りだ。
そして生活が苦しい時ほど、
自分に近い成功者を信じたくなる。
あの人にできたなら。
私にもまだ可能性があるかもしれない。
ここでも命金は効く。
生活が守られている人は、
他人の成功物語に急かされにくい。
羨ましさで申し込まない。
焦りで買わない。
自分の条件で考えられる。
余裕は、比較から人を守る。
誰かの成功談を見る時は、こう考えるといい。
その人にできた理由は何か。
自分にも同じ条件があるか。
感情ではなく構造で見られているか。
次回は、本当に稼げる副業ほど地味だという現実を書きます。


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