お金は言語である|第5話 教育が変わらない理由

ここまでの話を読むと
多くの人がこう思うはずだ。

もしお金が言語なら
なぜ学校で教えないのか。

なぜ金融教育は
なかなか進まないのか。

これは陰謀でも
誰かの悪意でもない。

もっと単純な理由がある。

それは

教育は簡単には変わらない仕組みになっている

ということだ。


教育は社会の安定装置

学校教育の役割は
社会を大きく変えることではない。

むしろ逆だ。

社会を安定させること。

だから学校は

読み書き
基本計算
社会のルール
協調

こうした

社会生活の基礎を教える。

これはどの国でもほぼ同じだ。

教育は

社会の土台

だから急には変わらない。


教える側も学んでいない

もう一つの理由は
とてもシンプルだ。

教える側が
お金の言語を学んでいない。

多くの教師は

投資

金融システム

こうした教育を
ほとんど受けていない。

だから

教えたくても
教えられない。

これは日本だけではない。

アメリカでも
ヨーロッパでも
同じ問題が指摘されている。


金融の世界は変化が速い

さらに難しいのは
金融の世界は

変化が速い

ということだ。

税制
金融商品
制度

毎年のように変わる。

一方で

学校教育のカリキュラムは
非常にゆっくり動く。

そのため

どうしても
社会の変化に追いつかない。


昔は家庭で学んでいた

実は

昔はこの問題は
あまり存在しなかった。

なぜなら

お金の教育は
家庭で行われていたからだ。

商人
農家
職人

子どもは

親の仕事を見て
お金の流れを学んだ。

家計
商売
契約

こうしたことは
生活の中にあった。

つまり

金融言語は
日常の中に存在していた。


社会が変わった

しかし社会は変わった。

会社員社会になり
家庭で仕事を見る機会が減った。

さらに

金融システムは
どんどん複雑になった。

住宅ローン
保険
投資

これらは
昔よりはるかに複雑だ。

それでも

金融言語を体系的に
学ぶ機会は少ない。


だからこそ必要なこと

ここまで見てくると
一つのことが見えてくる。

金融教育が必要なのは

投資を教えるためではない。

節約を教えるためでもない。

必要なのは

お金の言語を共有すること

だ。

資産
負債
キャッシュフロー

この文法が分かれば

世界の仕組みは
ずっと理解しやすくなる。


次の記事では
この話をもう一歩進める。

もしお金が言語なら

最初に学ぶ場所はどこなのか。

答えは

学校ではない。

家庭だ。

このシリーズは「お金の前提」にまとめてあります。

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