あの時代、トリプルアクセルを跳ぶ選手は他にもいた。
回転は足りている。
着氷もしている。
でも、違った。
直角に上がり、
空中で締めて、
その場に近い感覚で降りる。
成功ではある。
けれど流れがない。
着氷でスピードが消える。
みどりは違った。
⛸️ 伊藤みどり
踏み切り前のスピードが消えない。
前向きの勢いを保ったまま踏み切り、
空中で回転しながら前に進む。
着氷後も流れが止まらない。
リンクを横断する。
高さだけではない。
飛距離がある。
それが決定的だった。
アクセルは前向きで踏み切る唯一のジャンプだ。
ルッツも、フリップも、ループも、サルコウも、
すべて後ろ向きから入る。
アクセルだけが違う。
前向きのエネルギーを止めずに踏み切り、
1回転半して後ろ向きで着氷する。
踏み切りで迷いがあれば高さは出ない。
エッジが浅ければ距離は出ない。
引き込みが遅れれば回転は足りない。
みどりは、そのすべてを満たしていた。
私はアクセル手前で止まった。
跳べるか、跳べないか。
あの恐怖は知っている。
だから分かる。
みどりの踏み切りに迷いはなかった。
あれは技術だけではない。
覚悟だった。
今年オリンピックを見ていても、
私は回転数より流れを見る。
高さより飛距離を見る。
効率より推進力を見る。
基準は変わらない。
私の中の一番は、
今でもみどりだ。
この話はAya Story「氷の記憶」シリーズに続きます。


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