価値観は政治に入っていいのか
政教分離が原則。
そう教わった。
だから私は長い間、
こう思っていた。
宗教と政治は、
混ざってはいけない。
でも本当にそうだろうか。
政治は何を決めるのか。
税金。
教育。
医療。
家族制度。
中絶。
同性婚。
死生観。
全部、
価値観に触れる。
完全に中立な政策など、
存在するだろうか。
彼女はクリスチャンだった。
だから
「この政治家はクリスチャンだから」という言い回しをした。
私は違和感を覚えた。
でも考えてみると、
宗教がなくても
人は価値観を持っている。
家族はこうあるべき。
教育はこうあるべき。
税はこうあるべき。
それも全部、
信念。
無宗教は
無価値観ではない。
ただ、
自分の信念を“宗教”と呼んでいないだけ。
問題は
価値観が政治に入ることではない。
問題は、
それを絶対化すること。
政策は本来、
利害調整。
でも信念が絶対になると、
妥協が裏切りになる。
ここで対話が壊れる。
United States では
宗教と政治の距離が近い。
中絶や同性婚の議論は
信仰と強く結びつく。
温度が上がる。
一方で
Japan は
表面的には宗教色が薄い。
でも価値観がないわけではない。
ただ言語化していないだけ。
政教分離は原則。
でも人間は価値観で動く。
完全分離は理論上あっても、
現実では難しい。
大事なのは、
価値観を持つことではない。
価値観を疑えるかどうか。
自分の信念も
他人の信念も
制度に乗せる前に
一度、構造として見る。
政治を語らない。
でも
価値観からは逃げない。
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