1998年、名古屋。クラブと音だけで生きてた2年間の話

1998年、名古屋。
まだスマホなんてなくて、
クラブと音が全部だった時代。

人生で一番自由だった時期の話。


たった2年くらいの出来事だった。
でも、今でも昨日のことみたいに覚えてる。

名古屋の高架下で踊ってたあの時間。


最初はKATSUさんに教えてもらってた。
ある時、「女の子だからガールズヒップホップどう?」って言われて、
SHIZUKAさんを紹介された。

あの一言で、全部が広がった気がする。


私は1977年生まれで、
名古屋にいたのが18〜25歳くらい。
ダンスにハマってたのは20〜21歳の頃。

SHIZUKAさんは少しお姉さんで、
20代半ば〜後半くらい。

KATSUさんは、
20代後半〜30代前半くらいだったと思う。


KATSUさんは、アンダーグラウンドのダンス界の重鎮だった。
でも、めちゃくちゃ謙虚で真面目で、空気が柔らかい人だった。

ドレッドで見た目は強いのに、
近くにいるといいバイブスしかなかった。

正直、かっこよすぎて痺れた。


SHIZUKAさんは、昼は旅行会社で働いてたはず。
でも夜は、別世界だった。

華やかで、スタイルも抜群で、
ダンスもめちゃくちゃイケてた。

完全に憧れの存在だった。


レッスンの後、
SHIZUKAさんと味仙に行って、
そのままRUSHに流れる、みたいな時期もあった。

台湾ラーメン食べて、
汗かいて、
そのままクラブで踊る。


RUSHは当時の名古屋のクラブシーンの中心の一つで、
入場料1000円でドリンクチケットが何枚もついてた。

ほぼ洋楽で、
USのR&Bやヒップホップがメイン。

朝方まで踊って、
始発で帰るのが普通だった。

その当時、
ホームメイド家族もイベントに出てたのを覚えてる。

まだ今みたいに有名になる前で、
でも空気はもう出来上がってた。


今では消えた文化だけど、
あの頃は本物のレコードを回してた。

DJは大量のレコードを持ち歩いて、
その場で針を落として音を繋いでた。

あの音も、あの空気も、全部が現場だった。


RUSHの仲間は特別だった。

クラブだけじゃなくて、
バーベキューしたり、下呂に泊まりに行ったり、
遊びも全部一緒だった。

その中の二組は結婚してる。


私はそこで、親友になるsayakaと出会った。

一緒にダンスもして、
同じ時間を過ごして、
今でも日本に帰るたびに会ってる。


センスがあるタイプではなかったから、
ダンスで何かを掴めたわけじゃない。

でも、何度かイベントには出てた。

クラブOZONの「TOSS IT UP」に出たこともあるし、
「Check It Up」にも出てたと思う。

友達が歌をやってて、
その後ろで踊らせてもらったりもしてた。

前に立つタイプではなかったけど、
あの場にいられたこと自体が、すごく大きかった。


最後の方は、
「レッスン代いらないから、生徒教えるの手伝って」って言われて、
めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えてる。


KATSUさんは40歳で亡くなったと知って、かなりショックだった。
あまりにも早すぎる。

自分も脳出血で、
“死が近くにある感覚”を知ったからこそ、
余計に刺さった。


この投稿は、KATSUさんへのサンキュー。

あの時、直接教えてもらえたこと、
あの空気の中にいられたこと、
本当に光栄だった。


そしてSHIZUKAさん。

今でも踊ってる姿、
振り切れてて本当にかっこいい。


いい意味で、人の記憶に残る人ってすごい。
あの時代の空気ごと、今でもちゃんと残ってる。

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