1-11 母と姉が来ていたことを後から知る

母と姉が、
オーストラリアに
来ていた。

それを、
私は
後から知った。

会っていたはずなのに、
その瞬間の記憶が
ない。

声をかけられたのか、
触れられたのか、
分からない。

ただ、
来ていた
という事実だけがある。

その頃、
ICUの状況を説明した
一枚の紙が、
母と姉のもとに
渡っていた。

私の代わりに、
親友が
姉としてICUに入り、
書いたものだと
聞いた。

母と姉は、
私の死に目に
会いに来たつもりだった
とも、
後から聞いた。

「喪服、どうする?」

そんな会話を
していたらしい。

私は、
その場にいない。

でも、
現実は
そこまで
進んでいた。

母と姉は、
私の様子を見て、
帰っていった。

その判断が
どこで
なされたのかも、
私は
知らない。

この頃の私は、
まだ
状況を
理解できて
いなかった。

自分が
どれだけ
危なかったのかも、
分かっていない。

大事な再会なのに、
私の中には
空白のまま
残っている。

時間だけが
先に進んでいて、
私の認識が
追いついていない。

このズレが、
あとから
静かに
効いてくる。

English version (Short)

My mother and sister came to Australia.
I learned that later.

We met — but I have no memory of it.
Only the fact remains.

Decisions were made without my awareness.
The situation had already moved ahead of me.

That gap between reality and recognition
is something that takes time to reach you.

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