第1話|見えていた私と、今の私

今日の話だ。

遠くで年配のカップルが
テンダーボートを手漕ぎしていた。

私は気づかなかった。

芋は一瞬で異変を察知し、
迷いなく助けに向かった。

私は「え?どこ?」だった。

正直に言えば、
少しだけショックだった。

でも、ひとつ思い出した。


以前の私は、見えていた

脳出血以前、
私はボートの実務を任されていた。

今、子どもたちがやっている役割。

・周囲の船の動き
・アンカーの状態
・風向き
・距離
・危険の芽

あの頃の私は
常にアンテナを張っていた。

確実に、見えていた。


能力は消えたのか?

ここが核心だ。

能力は消えたのか?

それとも、

「私はもうやらない」と決めたことで
アンテナを下ろしたのか?

脳は合理的だ。

使う回路は強化する。
使わない回路は静かにする。

今の私は即応担当ではない。

設計担当だ。


生存設計という視点

ボート生活は生存に近い。

風を読む人。
電力を管理する人。
距離を測る人。
構造を設計する人。

全部同じ能力である必要はない。

むしろ、違うほうが強い。

能力差は欠陥ではない。

生存設計上の分業だ。


私は劣化したのか?

違う。

最適化だ。

私は
外界即応モードを下げ、
構造設計モードを上げた。

それだけ。

脳出血の影響はある。

でも同時に、
役割移行もある。

人はフェーズで変わる。


今日の結論

私は見えなくなったのではない。

見る場所が変わった。

ボート生活は
人間の能力の非対称性を浮き彫りにする。

ここから「生存設計の前提」として
このシリーズを積み上げていく。

この話は⑩-生存設計の前提|ボート生活にまとめていきます。

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