第1話|100年前の日本に金融教育はすでにあった
金融教育って聞くと、何を思い浮かべる?
投資。
株。
資産形成。
NISA。
今は大体ここから話が始まる。
でも実は、日本には100年以上前にすでに金融教育の原型があった。
その中心にいたのが
羽仁もと子。
金融教育がまだ存在していなかった時代
今は「パーソナルファイナンス」とか
「金融リテラシー」とか言葉がある。
家計管理
貯蓄
投資
資産形成
こういうことを学ぶのが普通になっている。
でも、こういう金融教育が体系化されたのは
欧米でも主に20世紀半ば以降と言われている。
ところが日本では、それよりずっと前に
生活からお金を考える教育
が始まっていた。
婦人之友の創刊
1903年、羽仁もと子は
婦人之友 を創刊する。
女性のための雑誌。
でも中身は、いわゆる家事雑誌とはちょっと違う。
彼女がやろうとしていたのは
生活をどう設計するか
ということ。
家庭の暮らし方を見直す。
生活を意識的に組み立てる。
その中で重要な役割を持っていたのが
家計簿。
家計簿という仕組み
ただの収支記録と思われがちだけど
羽仁もと子の家計簿はそうじゃない。
構造はこう。
収入
↓
予算
↓
生活
↓
振り返り
今の言葉で言えば
Plan → Do → Check
家庭を感覚で回すんじゃなくて
意識して管理する。
この考え方、
今の家計管理とか金融教育とかなり近い。
投資からではなく「生活」から
今の金融教育は
どうしても投資の話から始まりがち。
でも羽仁もと子は違った。
彼女が見ていたのは
食べること
住むこと
子どもの教育
日々の暮らし
つまり
生活そのもの。
生活が整えば
お金も整う。
金融教育を
一番根っこのところから見ていた。
忘れられた先駆者
羽仁もと子の思想は、日本では多くの家庭に影響を与えた。
でも世界ではほとんど知られていない。
多くの場合
「家計簿を広めた人」
くらいの紹介で終わる。
でも本質はそこじゃない。
彼女が作ったのは
生活から始まる金融教育
の考え方。
100年以上前に
日本でそれがすでに始まっていた。
このシリーズはお金の前提にまとめていきます。


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