私は母の思想を、あとから理解した。
子どもの頃の私は、母のやっていることがあまり好きではなかった。
家にはいつも
婦人之友と羽仁もと子全集が並んでいた。
母は紙の家計簿をつけていて、
友の会の最寄会にも通っていた。
最寄会では、賛美歌も歌う。
私の周りには友の会の人なんて誰もいない。
子どもの私は、それが少し宗教っぽく感じて、正直恥ずかしかった。
しかも母は、何でも手作りだった。
服も、食べ物も、ほとんど全部。
当時の私は、市販のお菓子や既製品に憧れていた。
友達が持っているものが羨ましくて、
母の生活はどこか時代遅れで、窮屈に見えた。
私は母のようにはなりたくないと思っていた。
母はいつも、紙の家計簿をつけていた。
毎日の生活を、きちんと整えていた。
でも子どもの私は、
それが何を意味しているのか全く分からなかった。
ただ「細かい人だな」と思っていた。
私は母のように家計簿をつけることもなかったし、
友の会に入りたいと思ったこともない。
母の生活は、私とは違う世界のもののように見えていた。
でも今になって思う。
母がやっていたのは、
節約でも、我慢でもなかった。
生活を設計するという思想だった。
そして今、私はその思想の延長線上にいる。


コメント