命金は偶然ではない
父が亡くなったとき、
母には現金があった。
だから動けた。
でも今思う。
あのお金は
偶然ではなかった。
母はずっと
生活を設計していた。
母は
友の会の人だった。
家には
婦人之友
羽仁もと子全集
が並んでいた。
毎月
家計簿をつけていた。
借金はしない。
現金で暮らす。
当時の私は
それが正直、嫌だった。
周りに友の会の人は誰もいない。
最寄り会では
賛美歌を歌う。
なんだか
宗教っぽく感じて恥ずかしかった。
しかも
服も
食べ物も
なんでも手作り。
子供だった私は
市販品に憧れていた。
だから私は
母の生活をコピーしなかった。
私は家計簿をつけない。
でも一つだけ
母から受け取ったものがある。
お金の流れを見ること。
そして
命金。
父は国家公務員だった。
国立大学の図書館長。
でも家はずっと
公務員住宅だった。
母は贅沢をしない。
借金もしない。
ただ
収入の中で
生活を整えていた。
その結果
命金が残った。
父が亡くなったとき
母は57歳くらいだった。
私たち姉妹は
半分独立していた。
私と姉は言った。
函館に戻ろうか?
母ははっきり言った。
結構です。
そして
あなたたちはあなたたちの人生を生きなさい。
今なら分かる。
母は
悲しみに沈むより
生活を立て直すことを選んだ。
そしてそれを
可能にしたのが
命金。
命金は
突然できるものではない。
思想があって
習慣があって
生活があって
その結果
残るお金。
母は特別なことはしていない。
ただ
生活を整えていただけ。
でもその生活は
父の死のあと
家族を救った。
※この話は「思考の前提」カテゴリにまとめてあります。


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