教育の本質とは何か
ここまでで、
学校は平均を作る装置で、
評価軸は一つではなく、
選択肢も一つではない、
ここまで見てきた。
じゃあ結局、
教育って何なのか。
私はこう考えている。
教育とは、生きる力を育てること。
シンプルに言えばこれだけだ。
じゃあその“生きる力”とは何か。
私の中では、3つある。
・考える力
・動く力
・稼ぐ力
考える力。
言われたことをそのままやるのではなく、
一度自分で考えて判断する力。
動く力。
分からなくても、怖くても、
とりあえず一歩踏み出せる力。
稼ぐ力。
誰かに依存するのではなく、
自分で価値を生み出し、対価を得る力。
この3つがあれば、
正直、どこでも生きていける。
逆に言えば、
これがなければ、
どれだけ学歴があっても不安定になる。
ここで学校を見る。
学校は、
この3つをどこまで育てているか。
考える力。
一部は育つ。
でも多くは、
「正解を当てる力」に寄りがちだ。
動く力。
あまり育たない。
むしろ、
「指示を待つ力」が強くなる。
稼ぐ力。
これはほぼ触れない。
つまり、
学校は“教育の一部”ではあるけど、
すべてではない。
ここを取り違えると、
すべてがズレる。
アルビーを見ていると、
この3つのうち、
すでに持っているものがある。
納得しないと動かない。
これは“考える力”。
でも一度納得すれば、
ちゃんと動く。
これは“動く力”。
まだ未完成だけど、
土台はある。
だったら、
そこを伸ばせばいい。
無理に、
評価されやすい部分に合わせる必要はない。
もちろん、
最低限の読み書きや計算は必要だ。
でもそれは“道具”であって、
目的ではない。
ここを逆にすると、
教育は苦しくなる。
私は、
アルビーに完璧を求めていない。
ただ一つ。
「自分で生きていける力」
これだけあればいいと思っている。
教育とは、
その準備だ。
次の話では、
このシリーズの結論。
「親としてどう向き合うか」
ここで締める。
このシリーズは⑥-教育・子育ての前提
education-parenting-assumptionsカテゴリーにまとめていきます。


コメント