― 日本が嫌いになったわけではない ―
先に言っておく。
私は
日本が嫌いになったわけじゃない。
今でも好きだし、
たぶんこれからも好き。
清潔さも、
細やかさも、
言葉の美しさも、
ごはんのレベルの高さも。
全部、本当。
じゃあなんで
「日本のやばさが見えすぎる」
みたいなことを言い出したのか。
理由はシンプル。
中と外、両方を知ってしまったから。
日本の中にいるときは、
それが世界の標準だった。
だから疑問も出ないし、
違和感も感じない。
でも一度、
外の基準を身体に入れてしまうと、
日本が急に
「よく設計されたローカルルール」に見えてくる。
ここがポイントで、
やばい=劣っている
じゃない。
やばい=特殊。
- ここまで空気を読む社会
- ここまで役割を背負う文化
- ここまで自分を抑える前提
これ、かなり尖ってる。
好きかどうかとは別に、
強烈な構造をしている。
私は日本を否定したいわけじゃない。
ただ、
「日本が唯一の正解」
という前提だけは、
もう信じられなくなった。
それだけ。
だから今の私は、
日本に戻れるし、
日本でやっていくこともできる。
でも、
日本仕様に自分を完全に合わせることは、もうしない。
それが
日本を軽んじている態度に見えるなら、
それは誤解。
むしろ逆で、
ちゃんと距離を取れるくらい
好きになっただけ。
——近すぎると、構造は見えない。
(つづく)
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