オーストラリア大学留学の現実|第1話 教育ではなく「産業」であるという前提

私事ですが、
オーストラリアに住んで20年になります。

オーストラリア人の夫と、
15歳と13歳の子どもを育てています。

住まいはボートで、
この生活も9年目になりました。


ボート生活7年目のとき、
私は脳出血を経験しました。


あのとき初めて、


当たり前に続くと思っていた日常は、
決して当たり前ではない


ということを、実感しました。


それをきっかけに、


子どもの将来だけでなく、
自分自身の将来や資産についても、
真剣に考えるようになりました。


正直に言えば、
今も悩んでいます。


どこまで親が関わるべきなのか。
どこまで手を出していいのか。


ただ、一つだけ決めていることがあります。


私は、子どもたちの「生きる力」を信じる。


手は差し出しても、答えは渡さない。
時間がかかっても、自分で考えさせる。


そういう関わり方を大切にしています。


ここから本題に入ります。


オーストラリアの大学留学と聞くと、

・英語環境で学べる
・海外で自立できる
・将来の選択肢が広がる


そういった前向きなイメージを持たれるご両親が多いと思います。


それは、間違っていません。


ただ一つだけ、
最初に知っておいてほしい前提があります。


オーストラリアの大学留学は、
教育であると同時に「産業」でもあるということです。


オーストラリアにとって留学生は、


教育の対象であると同時に、
経済を支える存在でもあります。


大学は教育機関でありながら、

👉 学費収入で成り立つ側面があり
👉 国としても「教育輸出」という形で経済を動かしている


つまり、


留学生は「学ぶ側」であると同時に、
「顧客」でもあるのです。


ここで一度、
少しだけ視点を変えてみてください。


もしこの留学が、

👉 数百万円〜1000万円単位の支出

だとしたら、


それは単なる教育ではなく、


一つの「大きな意思決定」です。


ここでよく起きるズレがあります。


親は「教育」として考え、
子どもは「海外生活」として考え、


そして現実は、


制度・お金・ビザ・競争が絡む構造の中にある


このズレを理解しないまま進むと、


「こんなはずじゃなかった」


が起きやすくなります。


私はオーストラリアで、


もう一つ驚いたことがあります。


それは、


大学の学費を、親が背負わない家庭が多いということです。


もちろん、すべてではありません。

親が支払う家庭もあります。


ただ全体としては、


👉 本人が負う前提
👉 親は生活を支える


この考え方が一般的です。


最初は違和感がありました。


でも今は、


「冷たい」のではなく、
「前提が違う」だけだと理解しています。


私は日本で、

国家公務員の父を持つ家庭に育ちました。


父が働き、母が家庭を支える。
それが当たり前の形でした。


一方で、今の私の家庭は違います。


夫は自由度の高い働き方をしており、


👉 「自分が家族を養う」という前提で動くタイプではありません


その中で、


資産形成の話が、夫婦で同じ温度で成立しない現実もあります。


だからこそ私は、


自分でやるしかない


そう考えるようになりました。


オーストラリアに長く住んでいるため、
今の日本の細かい状況には疎い部分もあります。


ただ、


お金や資産形成の基本は、どの国でも変わりません。


だからこそ、


制度や周囲の空気ではなく、


「自分たちの前提でどう設計するか」


ここが一番重要になります。


留学は、


良い経験にもなりますし、
人生を変えるきっかけにもなります。


ただし、


「良い結果になるかどうか」は、
準備と前提理解で大きく変わります。


夢を見る前に、構造を見る。


・なぜ今なのか
・なぜそのルートなのか
・その子に合っているのか
・もしうまくいかなかった場合はどうするのか


ここまで考えた上での選択であれば、


留学は「消費」ではなく、
「投資」になります。


■ 最後に

👉
子どもの未来を守ることと、
子どもの力を信じることは、別の話です。


このシリーズは②-人生設計の前提(life-design-assumptions)にまとめていきます。

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