この出来事を境に、
私の思考は
はっきりと整理された。
何が起きていたのか。
なぜ苦しかったのか。
どこで詰まっていたのか。
全部、
前提の話
だった。
話し合いが足りなかったわけでも、
努力が足りなかったわけでもない。
前提を混ぜていた。
共有できない前提を、
共有しようとしていた。
同意が取れない前提を、
揃えようとしていた。
だから、
壊れていた。
投資の件で、
説明義務を果たし、
同意を求めなかったことで、
私は、
自分の立ち位置を
完全に理解した。
私は、
設計する側
だった。
感情をまとめる役でも、
正しさを揃える役でもない。
前提を切り分け、
境界線を引き、
壊れない形にする役。
それが分かった瞬間、
過去の出来事が
全部、一本につながった。
幼少期の生活団。
母のやっていた家計と段取り。
友の会の講習会。
嫌っていた時期。
使えなかった10年。
脳出血。
設計の切り替え。
全部、同じ話
だった。
ここから先は、
「どう生きるか」
の話じゃない。
どう設計するか
の話になる。
この思考整理が、
今の私の活動に
そのままつながっている。
誰かを導くためじゃない。
正解を教えるためでもない。
詰まらないための、
前提を渡す。
それだけだ。
(つづく)
#友の会 #前提 #生活設計 #構造の話 #生活OS
※この話は、「友の会」カテゴリにまとめてあります。


コメント