私が育った家庭環境と、
私が作った家庭環境は、
あまりにも違っていた。
なんとなく、
お互いが働いたお金を
共同口座に入れて、
そこから生活費を出す。
口座は、
共同口座が一つだけ。
話し合って決めたわけじゃない。
ルールを作ったわけでもない。
なんとなく、流れで。
今思えば、
最悪の前提だった。
役割分担も、
境界線も、
責任の所在も、
全部が不透明。
話し合いはしていた。
でも中身は、
感情、感情、感情。
どう思ったか。
なぜつらいか。
分かってほしい。
構造の話は、
一つもしていなかった。
芋は、
生活費については
問題なく入れてくれていた。
でも、
それ以外のお金は、
すべて自分の趣味に使っていた。
正直、
私は
あり得ない
と思っていた。
でも、
それは
「悪い」からじゃない。
前提が、
まったく違っていただけ
だった。
私の前提は、
家計は全体で管理するもの。
役割は最初に決めるもの。
余剰は将来のために使うもの。
芋の前提は、
生活費が回っていればOK。
残りは自由。
決めないことで、縛られない。
どちらが正しいかじゃない。
前提が共有されていなかった。
私は、
そのズレを
理解できていなかった。
「分かってくれない」
「価値観が違う」
そう言いながら、
前提を卓上に出していなかった。
ここで初めて、
私は気づく。
これは、
努力不足でも、
愛情不足でもない。
設計不在
だった。
(つづく)
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