第1話|Superでは、足りなかった 投資

Superは見直した。
制度も分かった。
選択肢も把握した。

やるべきことは、やったと思う。

それでも正直、
これで老後が見えた感覚はなかった。

安心したわけでもないし、
終わった感じもしなかった。

ただ
「最低限はやった」
それだけだった。


Superは悪くない。
多くの人を、何も考えなくても
“完全な詰み”から守ってくれる仕組みだと思う。

でも同時に、
どこまで行っても
自分でコントロールできないお金でもある。

ある年齢までは触れない。
必要なタイミングで、
自分の判断で動かせない。

私はそれを
「安心」だとは思えなかった。


もう一つ、
もっと現実的な理由があった。

金額的に見て、
Superだけでは老後の足しにすらならない。

これは不安でも予想でもなく、
ただの計算。

目を逸らそうと思えば逸らせたけど、
逸らさなかった。


さらに決定的だったのは、
夫婦で状況を共有できないお金だったこと。

お互いのSuperの全体像を、
リアルタイムで把握できない。

つまり、
老後の話をしているようで、
実際には
同じ地図を見ていない。

この状態で
人生の後半を設計するのは、
私には無理だった。


ここまで条件が揃って、
「やるか、やらないか」という話ではなくなった。

やらない選択肢が、なかった。

Superはゴールじゃなかった。
スタートラインの、さらに手前だった。


私は
制度を否定したかったわけじゃない。

ただ、
触れない
動かせない
共有できない
しかも足りない

この前提の上に、
自分たちの未来を丸ごと預けることは
できなかった。


だから私は、
制度の外に出ることにした。

守られていない場所に、
自分の意思で立つために。

これは
何かを始めた話じゃない。

私が、どこから降りたかの記録。

次は、
自分名義で動かし始めた日の話を書く。

#Superの先へ #制度を降りた日 #自分でハンドルを握る #老後設計 #お金の主権

コメント