私は昔、子どもにガミガミ言う親だった。
ちゃんとしなさい。
考えなさい。
それじゃ将来困るでしょ。
今思えば、全部私の不安だった。
子どもの問題じゃない。
自分自身、学校の勉強が大嫌いだった。
興味はない、結果も出ない、
できない=恥、みたいな空気の中で育った。
勉強に関する自己肯定感は、見事なまでに削られた。
だから子どもには
「同じ思いをさせたくない」
その一心で、口を出しまくった。
コントロールしてるつもりで、
安心したかっただけ。
転機は、脳出血。
命が一回止まりかけて分かった。
点数とか、レールとか、
「普通」とか「ちゃんと」とか、
あれ全部、親の自己満だったなって。
残ったのは、
生きてるか。
自分で考えてるか。
潰れてないか。
それだけ。
今は、子どもが「やりたい」と言うことに基本反対しない。
学校を辞めたい?どうぞ。
ただし条件は出す。
次に何をするか決めろ。
どうやるか考えろ。
結果も想像しろ。
丸投げはしないが、代行もしない。
面白いのはここから。
親が「やりなさい」と言うほど、子どもは動かない。
逆に「好きにしていいよ」と言うと、
今度は足踏みする。
自由って、そんなに軽くない。
特にアルビー。
普段は「これ欲しい」「あれ買って」なのに、
買い物に行って
「ランチでも食べ物でも、好きなもの好きなだけどうぞ」
と言うと、急に遠慮する。
責任が全部自分に返ってきた瞬間、
人は静かになる。
でも勘違いしないでほしい。
アルビーは動けない子じゃない。
自分で不動産屋に営業しに行く。
正直、私でも尊敬する。
意味のない場所では止まり、
意味を見つけたら大人の世界に踏み込む。
それを「続かない」「だらしない」と切るのは簡単だけど、
それやってきたのが、私たち大人。
これは正しい子育ての話じゃない。
むしろ親の幻想が壊れた話。
子どもを動かそうとしているうちは、
たいてい親が自分の不安を処理できていない。
子育ては、
子どもを正す作業じゃない。
親が「コントロールできない現実」に
どこまで耐えられるかの修行だと思ってる。


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