シリーズ|前提の外に出た話【第3話】

日本では
長い間
こう言われてきた。

責任感がある人は立派
協調性がある人は大人
我慢できる人は強い

それを
美徳と呼んできた。

でも
一度立ち止まって考えてみる。

その美徳は
誰を守っていたのか。

責任感がある人ほど
仕事を抱え
協調性がある人ほど
空気を調整し
我慢できる人ほど
限界まで使われた。

それでも
「立派だね」
「助かってるよ」
と言われるだけで
役割は減らなかった。

日本の美徳は
個人を楽にするためのものじゃない。

集団を止めないための設計

誰かが無理をすれば
全体は回る。

誰かが我慢すれば
空気は保たれる。

誰かが背負えば
問題は表に出ない。

その「誰か」になりやすいのが
責任感があり
協調性があり
空気を読める人だった。

だから
美徳は
報われる前提で語られない。

潰れたら
「真面目すぎたね」
「頑張りすぎたね」
で終わる。

構造は
何も変わらない。

これは
善意の話じゃない。

性格の話でもない。

役割の話

日本では
「断らない人」が
最初から
組み込まれている。

だから
美徳を持つ人ほど
逃げ場がなくなる。

ここまでが現実。

まだ
解決策は出さない。

まずは
美徳だと思ってきたものが
自分を守るためのものだったのか
それとも
集団を回すための部品だったのか。

そこを
一度
疑ってみる。


——
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