ここまで、
👉 留学は産業でもある
👉 生活費が想像以上にかかる
という現実を見てきました。
ここで一度、
もう一段深い話をします。
それは、
教育費に対する「前提」が、日本とオーストラリアでは違うということです。
■ 日本の前提
日本では、
👉 教育費は親が出すもの
という前提が強くあります。
・大学費用
・塾や予備校
・生活費
できる限り親が負担する。
それが、
👉 愛情
👉 責任
そういう価値観で成り立っています。
私自身も、
その前提で育ってきました。
■ オーストラリアの前提
一方で、オーストラリアでは、
教育費は本人が背負うという前提が基本です。
もちろん、
👉 親が全額出す家庭
👉 一部支援する家庭
もあります。
ただ全体としては、
👉 本人が負う
👉 親は生活を支える
この構造が一般的です。
■ なぜ違うのか
ここで大事なのは、
👉 どちらが正しいか
ではありません。
前提が違うだけです。
オーストラリアでは、
👉 HECS(所得連動型の学費ローン)
👉 働きながら学ぶ文化
があるため、
👉 「自分の教育は自分で背負う」
という考え方が成立しています。
■ 留学生は別ゲーム
ただし、ここで重要なポイントがあります。
留学生はこの仕組みの外にいます。
👉 HECSは使えない
👉 学費は高額(フルフィー)
👉 ビザ制限あり
つまり、
一番厳しい条件の中で戦うことになります。
■ よくある誤解
ここで起きやすいのが、
👉 現地の大学=現地の学生と同じ
という認識です。
でも実際は、
前提がまったく違う別ゲームです。
■ 親の視点に戻る
ここで、一度考えてみてください。
その留学費用、
👉 誰が背負う前提ですか?
👉 親ですか?
👉 子どもですか?
日本の感覚のまま進むと、
👉 親が全額負担
👉 子どもは消費者になる
こうなりやすくなります。
一方で、
👉 一部でも本人が関わる
👉 自分で考えて選ぶ
こうなると、
同じ留学でも意味が変わります。
■ 鬼の核心
👉 教育費の出し方が、そのまま“主体性”になる
👉 誰が背負うかで、結果は変わる
■ 私自身の気づき
私はオーストラリアで、
「親が払わない」という現実に最初は驚きました。
でも今は、
これは“冷たい”のではなく、
“自立を前提にした設計”だと理解しています。
■ 最後に
留学は、チャンスです。
ただそのチャンスは、
👉 与えられるものなのか
👉 自分で取りに行くものなのか
ここで大きく変わります。
■ 鬼の一行(締め)
👉
「その教育費、誰の人生のために使っていますか?」
オーストラリアでの生活や日々の気づきは、Aya Sippelという名前でFacebookでも発信しています。現地の空気感は、そちらの方が分かりやすいかもしれません。
このシリーズは②-人生設計の前提(life-design-assumptions)にまとめていきます。


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