教育は「正解」を作るものじゃない
このシリーズは、
アルビーが学校でつまずいたことから始まった。
テストの点が取れない。
でも、努力していないわけじゃない。
学校も嫌いじゃない。
それでも評価されない。
ここから全部が始まった。
最初に見えたのは、
**「学校=すべてではない」**という事実だった。
学校は、平均を作る装置。
同じ年齢、同じ内容、同じスピード、同じ評価。
この中でうまくいく人もいれば、
こぼれる人もいる。
でもそれは、
能力の問題じゃない。
“設計が合っているかどうか”
ただそれだけの話だった。
そして次に見えたのは、
評価軸の問題。
テストの点数だけで、
人間の価値は決まらない。
社会で必要なのは、
・考える力
・動く力
・稼ぐ力
この3つだった。
これは、
学校だけでは育ちきらない。
だから、
選択肢が必要になる。
学校に残るのも一つ。
外に出るのも一つ。
日本にも、
オーストラリアにも、
ルートは存在している。
大事なのは、
「どこに戻すか」ではない。
「どこなら活きるか」
ここだった。
でも、ここで一番大きかったのは、
親の問題だった。
不安。
比較。
平均。
見えない未来。
これが、
判断を狂わせる。
でも気づいた。
この不安は、
子どもの問題じゃない。
親の問題だ。
だから私は、
一つだけ決めた。
不安で選ばない。
そして、
もう一つ。
アルビーを信じる。
これだけは、
最後までブレなかった。
正解は分からない。
でも、
この子は生きていける。
そう思っている。
教育は、
子どもを“正しい形”にすることじゃない。
その子が、その子の形で生きていけるようにすること。
これが、
このシリーズでたどり着いた結論だ。
もし今、
学校でつまずいている子がいるなら。
もし今、
不安で動けなくなっている親がいるなら。
一度だけ、視点を変えてみてほしい。
それは、
「戻す」じゃなくて「探す」
その子に合う場所を。
教育は、
そこから始まる。
このシリーズは⑥-教育・子育ての前提
education-parenting-assumptionsカテゴリーにまとめてあります。


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