教育って何?第2話|学校でつまずいた先にある7つの選択

学校は「平均」を作る装置

アルビーを見ていて、はっきり分かったことがある。

学校は、個人を伸ばす場所ではない。

平均を作る場所だ。


学校というシステムは、とてもよくできている。

同じ年齢の子どもを集め、
同じ内容を、
同じスピードで教え、
同じ基準で評価する。

一見、平等に見える。

でも実際にやっていることは、

“基準に合う人間を見つける作業”

だ。


この中でうまくいく子はいる。

・処理スピードが速い
・暗記が得意
・指示に素直に従える

こういうタイプは評価されやすい。

でも逆に言えば、

そこにハマらない子は、こぼれる構造になっている。


ここで大事なのは、

こぼれる=劣っている、ではないということ。


アルビーは、ここにハマっていない。

でもそれは、能力がないからじゃない。

ただ、

“設計が合っていないだけ”


学校は“教育機関”というより、

“標準化装置”

に近い。

社会に出る前に、
最低限の共通ラインを揃えるための仕組み。

だから、個別最適ではない。


ここを勘違いすると、ズレる。

学校でうまくいかないと、

「この子はダメなんじゃないか」と思ってしまう。

でもそれは違う。


そもそも、

全員が同じやり方で伸びる前提がおかしい。


正直に言う。

親としては、死ぬほど心配だ。

このままで大丈夫なのか。
ちゃんと生きていけるのか。

普通に考えたら、不安になる。


でも同時に思う。

私が信じてあげなくて、誰が信じるのか。


そしてこれは、ただの理想論じゃない。

私自身、日本の教育の中で落ちこぼれてきた。

学校の勉強は理解できない。
ついていけない。
評価されない。

あの感覚は、よく分かる。


だからこそ思う。

つまずいている側の気持ちは、外からは見えない。

でも本人の中では、

ちゃんと考えて、
ちゃんと苦しんでいる。


多くの親はここで、

「何とか軌道に戻そう」とすると思う。

学校の評価に合わせて、
遅れを取り戻させて、
平均に戻す。

それは自然な反応だと思う。


でも私は、そこに戻すことを目的にしていない。


私が考えているのは、

アルビーにとっての最適解はどこか

それだけだ。


学校に合わせることが最適なら、合わせればいい。

でも、合っていないなら、

無理に戻す必要はない。


大事なのは、

どのレールに戻すかじゃない。

どの道が、その子に合っているかだ。


アルビーみたいに、

納得しないと動かないタイプは、

この環境と相性が悪い。

学校は基本的に

「とりあえずやれ」

で回っているからだ。


でも現実はどうか。

社会に出たら、

「意味のないことを延々やらされる」よりも、

「自分で考えて動ける人間」の方が強い場面は多い。


つまりここで起きていることは、

つまずきじゃない。


“評価軸とのズレ”


じゃあどうするのか。

ここで2つの考え方が出てくる。


1つ目。

このゲームに合わせる。

テストの形式を攻略し、
評価基準に適応する。


2つ目。

ゲームそのものを変える。

別の環境、別のルート、
別の評価軸を選ぶ。


どっちが正しいかじゃない。

どっちを選ぶかだ。


私はどちらもありだと思っている。

ただし、

前提だけは間違えたくない。


学校での評価は、

その子のすべてではない。


このシリーズは⑥-教育・子育ての前提
education-parenting-assumptionsカテゴリーにまとめていきます。

コメント