なぜ羽仁もと子は女性に向けて書いたのか
羽仁もと子の文章を読んでいると、ひとつ気づくことがある。
多くの内容が女性に向けて書かれているということ。
なぜだろう。
それは当時の社会の構造と関係している。
当時の社会の役割分担
20世紀初頭の日本。
社会の役割はかなりはっきりしていた。
男性
→ 外で働く
女性
→ 家庭を管理する
つまり
男
=収入
女
=生活の運営
という構造。
今の感覚だと少し古く見えるかもしれない。
でも羽仁もと子は、この構造の中に
社会を変える入口を見つけていた。
社会は家庭から作られる
羽仁もと子はこう考えていた。
社会
↓
国家
↓
家庭
ではなく
家庭
↓
社会
↓
国家
社会は家庭の積み重ねでできている。
もし家庭の生活が整っていれば
社会も安定する。
逆に、家庭が乱れていれば
社会も不安定になる。
だから彼女は
家庭こそ社会の基礎
だと考えていた。
生活を設計する人
当時の家庭では、日々の生活を回していたのは主に女性だった。
食事
住まい
子どもの教育
日々の支出
生活の細部を決めるのは、ほとんどが家庭の中だった。
羽仁もと子はここを見ていた。
生活を作る人は
社会を作る人でもある。
だから女性に向けて書いた。
それは単なる家事教育ではなく、
生活設計の思想
だった。
静かな革命
羽仁もと子は政治家ではない。
社会運動家でもない。
でも彼女の思想には、静かな革命があった。
女性はただ家庭を守る存在ではない。
生活を設計する存在
だという考え方。
そして生活は、社会の基礎になる。
つまり
家庭を変えることは
社会を変えることにつながる。
今読むと見えてくること
現代の金融教育は
投資
資産形成
市場
こうした話から始まることが多い。
でも羽仁もと子の出発点は違う。
彼女が見ていたのは
生活。
食べること
住むこと
育てること
日々の暮らしの中で
お金の使い方は決まっていく。
だから生活を整えることが
お金を整えることにもつながる。
100年以上前に書かれた言葉なのに、
いま読んでもかなり現代的に感じる。
金融教育という言葉はまだ存在していなかった。
でも実際には
生活の中でお金を学ぶ仕組み
がすでに作られていた。


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