横並びから降りる|第3話 借金という前提


私は

「借金=悪」だと思っていたわけじゃない。

ただ、

知らなかった。


住宅ローンの仕組みも
金利の重さも
固定費の圧力も

深く理解していなかった。

だから怖かった。


芋も私も

借金をする前提で
人生を設計していなかった。

「まず借りる」が
スタート地点ではなかった。


でも

横並びの世界では

借金は“選択肢”ではなく
“前提”になる。

家を買うのが普通。
ローンを組むのが普通。
車も分割。
教育費も前借り。

気づかないうちに

借金は

疑わないものになる。


借金は悪ではない。

合理的な場面もある。

資産になる場合もある。

問題は

借金が“疑われない前提”になること。


借金が前提になると

固定費が生まれる。

固定費は静かだ。

でも止まらない。

収入が止まっても
体が止まっても
人生が止まっても

止まらない。


脳出血で倒れたとき

私は2か月意識がなかった。

その後も働けなかった。

もし

ローンが重かったら?

もし

「みんながそうしているから」で
家計を組んでいたら?

横並びは

安心どころか

鎖になっていた。


怖かったのは

借金そのものじゃない。

理解しないまま背負うこと。

“当たり前”として背負うこと。


横並びから降りるとは

借金を否定することじゃない。

家を買わないことでもない。


借金を

前提にしないこと。

理解して

選ぶこと。


自由は収入で決まらない。

固定費で決まる。


高収入でも
固定費が重ければ動けない。

低収入でも
固定費が軽ければ動ける。


私はまだ学び途中だ。

でも

知らないまま
横並びに乗らない。

それだけは決めた。


借金は悪ではない。

でも

借金が“前提”になった瞬間

思考の主導権は
静かに移る。


この話は「横並びから降りる」シリーズの中にまとめてあります。① 前提・構造・世界カテゴリーに整理しています。

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