15歳の君へ|君がAussieで、母さんがJapaneseな理由

(⑧-社会・制度の前提)

15歳の君へ。

母さんはJapaneseだ。

たぶんこれからも、
どこに住んでもJapaneseと言う。

でも君はきっと、

“I’m Aussie.”

と自然に言うだろう。

それでいい。


同じ家に住んでいても、

母さんの土台は日本でできた。

君の土台はオーストラリアでできた。

土台は違う。

でも家族は一つ。


君がAussieと言うとき、

それはパスポートの話じゃない。

学校の記憶。
友達。
笑った時間。

守られた場所の話だ。


母さんがJapaneseと言うのも同じ。

言語の思考。
育った空気。
価値観の原点。

守られた場所の話。


所属は血では決まらない。

法律でも決まらない。

どこで自分が安心したかで決まる。


もし将来、

「でも見た目が違うよね」と言われても、

焦らなくていい。

人は単層じゃない。

君はAussieであり、
Japaneseの血も流れている。

どちらかを選ばなくていい。


母さんは、

君がどこにいても
自分の所属を自分で決められる人でいてほしい。

国家が決める前に、
社会がラベルを貼る前に、

自分で決めろ。


君がAussieでも、
母さんはJapanese。

でも家族は、国より強い。

この話は⑧-社会・制度の前提カテゴリーにまとめてあります。

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