人は本当にアップデートできるのか?
人は変わるのか。
これ、夫婦をやっていると
必ず一度は考える。
「また同じこと言ってる。」
「結局変わってないじゃん。」
そんな瞬間は、正直ある。
旧OSは、たまに勝手に起動する。
でも正直に書くと、
脳出血の直前、
私たちはもう、違う方向を向いていました。
同じ家にいるのに、
同じ未来を見ていない感じ。
会話はある。
生活も回っている。
でも、どこかで終わりかけていた。
それは事実です。
大きな喧嘩があったわけでもない。
ただ、
静かに、
限界が近づいていた。
あの頃の私は、
自立設計なんてする余裕はありませんでした。
未来を描く元気もない。
ただ、
このままでいいのか、
という違和感だけが積もっていた。
外に向く余裕なんてなかった。
内側で、疲弊していた。
芋もきっと、
同じように疲れていた。
でもその時の私たちは、
相手の疲れを見るより
自分の限界で精一杯。
電源は入っているのに、
同期していない状態。
そして、脳出血。
あれは、強制再起動でした。
私は物理的にも精神的にも弱った。
強いふりもできなかった。
考える余裕もなかった。
ただ、生きるだけ。
そのとき、芋は残った。
完璧な対応ではない。
でも、残った。
あの出来事がなかったら、
私たちはどうなっていたのか。
正直、分からない。
でも確実に言えるのは、
あれを境に、
関係の向きが変わった。
劇的な愛の復活ではない。
ただ、
「失いたくない」
が、
はっきり見えた。
人は劇的には変わらない。
でも、
壊れかけたときに
残るかどうかで、
アップデートは始まる。
今でも、
旧OSは起動する。
ムカつく瞬間もある。
でも、あの頃とは違う。
今の私たちは、
同じ方向を向こうと
少なくとも意識している。
それは、15年前にはなかった機能。
人は完全には変わらない。
でも、
関係の向きは変えられる。
私たちは、
そこだけはアップデートできた。
だから電源は、まだ抜いていません。
このシリーズは⑤-家族・人間関係の前提カテゴリーにまとめています。


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