第5話|アクセルの手前

私はシングルアクセルの手前で止まった。

跳べるか、跳べないか。

あの場所は独特だった。

トウループも、サルコウも、
回転は一回転。

でもアクセルは1回転半。

しかも前向き踏み切り。

他のジャンプとは構造が違う。

スピードを殺さず踏み切る勇気。

あそこが壁だった。


私は2年しかやっていない。

小3、小4。

大会にも出た。

下手だった。

でも氷の感覚は、
昨日のことのように覚えている。

横浜へ引っ越した。

それで終わった。

特別な挫折はない。

怪我もない。

燃え尽きてもいない。

ただ、環境が変わった。

それだけで終わった。


でも終わらなかった。

アクセルの手前で止まった時間は、
どこかで凍ったままだった。

だから今でも分かる。

踏み切りの迷い。

エッジの深さ。

飛距離の違い。

身体は忘れていない。


48歳になって、
床でスピンを回した。

5回が限界だった。

でも軸は思ったより安定していた。

脳出血でバランスが落ちたと思っていた。

でも回れた。

未完だったものは、
消えていなかった。


アクセルは跳んでいない。

でもワクワクは残っている。

それで十分だと思った。

この話はAya Story「氷の記憶」シリーズに続きます。

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