最高のオフィスは住所じゃない|第2話

通勤は「悪」なのか?

誤解のないように書いておく。

私は今も、週3日は陸で働いている。

通勤ゼロ生活ではない。
会社を辞めたわけでもない。
安定収入を手放したわけでもない。

そして、やめるつもりもない。

ここが今日の前提だ。


通勤を“否定”しているわけではない

通勤そのものが悪だとは思っていない。

安定収入は強い。
社会との接点も大事。
責任ある仕事も意味がある。

問題はそこではない。

問題は、

通勤が「当たり前」になっていること。

疑わず、
計算せず、
選択せず。

なんとなく続けていること。


私は今、移行中だ

週3日は陸。
残りは海の上。

完全自由でもない。
完全会社員でもない。

種まきフェーズ。

安定を残しながら、
新しい構造を育てている。

いきなり橋を燃やさない。

片足は安定に置き、
もう片足で未来を探る。

これが私の設計だ。


通勤を「選択」に変える

通勤が悪なのではない。

通勤が“無意識”なのが問題だ。

私は今、通勤をしている。

でもそれは

「仕方なく」ではなく
「今は必要だから」だ。

必要なくなれば、減らす。
形を変える。
構造を組み替える。

通勤を“選択”に変えるだけで、
人生の主導権は戻ってくる。


構造は一気に変えない

自由はジャンプで作らない。

段階で作る。

・固定費を下げる
・命金を確保する
・安定収入を残す
・余白で種をまく

この順番。

「辞めました!」は派手だ。

でも私は設計屋だ。

派手より、持続。


問うべきこと

あなたの通勤は、

本当に“選択”だろうか。

それとも、

前提のまま続けているだけだろうか。

通勤をやめるかどうかではない。

通勤を理解しているかどうか。

それが人生設計の前提だ。


次回|収入より先に「構造」を整える。橋を燃やさず自由を広げる方法。

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