義父は一度、エンジンを載せ替えている。
🚙 Nissan X-Trail。
15年落ちの車。
普通なら買い替えを考える年数だ。
修理代も安くはなかったはずだ。
それでも義父は直した。
「まだ乗る」と決めた。
エンジンは車の心臓だ。
そこを交換するということは、
単なる修理ではない。
延命でもない。
それは、継続の意思だ。
壊れたから終わりにするのではなく、
壊れたから直す。
走れるなら、走る。
それでいい。
2024年。
私は2月に脳出血で倒れた。
4月に退院。
その頃から義父の体調が崩れ始め、
8月に89歳で旅立った。
私が戻り、
義父が去った。
人生は、不思議なくらい入れ替わる。
そして今、私はそのX-Trailを運転している。
エンジンは載せ替わっている。
でも、車は義父のままだ。
ハンドルを握ると安心する。
理由は説明できない。
でも、安心する。
私はお金や設計の話をしている。
合理性。
コスパ。
減価償却。
でもこの車は、数字では測れない。
義父はきっと、損得で決めていない。
「まだ走るから。」
それだけだ。
物を最後まで使う人は、
人生も最後まで使う。
途中で投げない。
雑に扱わない。
諦めない。
その姿勢が、この車には染み込んでいる。
2年前、私は止まりかけた。
でも戻ってきた。
前と同じではない。
でも、走っている。
義父がエンジンを載せ替えたように、
私は生き方を載せ替えた。
スピードは競わない。
見栄もいらない。
でも、止まらない。
私が受け継いだのは、車ではない。
継続という思想だ。
壊れたら終わりではない。
直せるなら直す。
走れるなら走る。
それでいい。
続く。
aya story


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