ここまで書いてきて、
一番気になっているのはこれだ。
壊れない前提って、
どうやって作られるのか。
最初からあるものなのか。
時間が作るのか。
20年という時間
20年以上続いている。
この事実は重い。
一度や二度の衝突では
壊れない。
ぶつかっても
次の日も普通。
それが積み重なって
「壊れない」という感覚になる。
言葉よりも
継続。
日本の設計は慎重
日本は
最初から壊さない設計で入る。
だから大きな衝突は起きにくい。
でも同時に
“壊れない”と確信できるほど
ぶつかる機会も少ない。
安全だけど、
確認も少ない。
壊れない前提はどこから来る?
彼らは
言っても大丈夫
ぶつかっても大丈夫
切れない
という経験を
何度も通っている。
それが信頼になる。
信頼は
優しい言葉ではなく
続いた時間から生まれる。
私の違和感
私はまだ
言葉に引っかかる。
でも同時に思う。
壊さない努力ばかりして
壊れない関係を
作れていたのだろうか。
ここが、
このシリーズで一番重い問いかもしれない。
前提を選ぶ
壊さない設計でいくのか。
壊れない前提を作るのか。
どちらが正しいかではない。
どのOSで生きるか。
文化の違いは
生き方の違い。
私はまだヒヤヒヤしている。
でも少しずつ
自分の前提も見えてきた。
オーストラリア文化、異文化コミュニケーション、夫婦観察、前提シリーズ、文化OS。
この話は「前提」カテゴリーの中で、文化OS編として整理しています。


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