ポジションのコマ数は最初から決まっている|第2話

前提を続ける。

努力でどうにかなる話と、
最初から数が決まっている話は別だ。

多くの人がここを混ぜて考える。
そして、混ぜたまま走らされる。


世の中には「枠」がある。
ポジションと言ってもいい。

  • プロになれる人数
  • 表に立てる人数
  • 食っていける人数
  • 名前を覚えられる人数

これらは、努力量とは無関係に、最初から決まっている

増えない。
広がらない。
席取りゲームだ。


ここで重要なのは、
この話は才能論でも根性論でもないということ。

どれだけ優秀でも、
どれだけ努力しても、
コマ数以上には座れない

先に座った人がいるだけで、
後から来た人は
「不利」ではなく
最初から参加できないことすらある。


でも教育では、こう教える。

  • がんばれ
  • 続けろ
  • 諦めるな

席の説明はしない。

だから起きる。

  • 手応えがない
  • でもやめられない
  • やめたら負けだと思う

ここで人は、
勝てないゲームをやめられなくなる


はっきり言う。

努力しても入れないポジションは存在する。
それは本人の価値と関係ない。

ただ、
コマが埋まっていただけだ。


ここで一番タチが悪いのが、
成功者の話だ。

  • 「努力したらここまで来た」
  • 「続けた人が勝つ」

それは事実かもしれない。
でも同時に、
座れなかった人の話は消えている

生き残った人の声だけで
世界を説明すると、
構造が見えなくなる。


ポジションのコマ数を知らないまま努力すると、
人はこう考え始める。

  • まだ足りない
  • もっとやれば
  • もう少し我慢すれば

そして、
撤退の判断ができなくなる

これは根性の問題じゃない。
情報不足だ。


知っておいてほしい。

  • ポジションには定員がある
  • 定員は努力では増えない
  • 早く座った人が有利
  • 後発は、同じ戦い方をしてはいけない

これを知っているだけで、
無駄に自分を削らなくて済む。


ここまでの話は、
夢を壊すためじゃない。

夢に殺されないための話だ。

次の話では、
さらに踏み込む。

同じ努力をしても、
なぜ「やればできた人」と
「やっても詰んだ人」に分かれるのか。

才能でも運でもない、
もっと冷静な分岐点の話をする。

この話は、教育や進路を考えるための前提として書いている。同じテーマはブログ内の「前提」「教育」のカテゴリにまとめてある。#前提 #教育 #思考の前提 #進路 #ポジション

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