可能性は無限大、は一番残酷な嘘|第1話

可能性は無限大。
やればできる。
努力は裏切らない。

この言葉を、15歳前後の人間に無条件で渡すのは危険だと思っている。
これは夢を応援する話でも、やる気を出させる話でもない。
壊れないための話だ。

なぜ危険か。
理由は単純で、席の話を一切していないから。

世の中には、努力で伸びるものがある。
同時に、努力しても入れない席がある。
この二つは同時に存在するのに、教育では前半しか教えない。

結果は決まっている。
がんばる。
伸びない。
席に座れない。
そして、自分を責める。

ここで人は壊れる。
でもそれは、努力不足でも才能不足でもない。
ただ、席がなかっただけだ。

前提を置く。
能力と席は別物だ。
席には数がある。
席は早い者勝ちだ。
埋まった席は、努力では空かない。

これは冷たい現実ではない。
構造の話だ。

「可能性は無限大」という言葉は、一見やさしい。
でも実際には、失敗したときの責任をすべて本人に押し付ける。

できなかったのは自分のせい。
座れなかったのは努力不足。
壊れたのはメンタルが弱いから。

違う。
配置の問題だ。

15歳という年齢は、分岐点に立っている。
世界に競争があることを知り、比較が始まり、進路が見え始める。
このタイミングで「やればできる」だけを渡すと、人は自分を殴りながら走り続ける。

だから必要なのは希望じゃない。
地図だ。

覚えておいてほしい。
入れない席があるのは普通のこと。
撤退は失敗じゃない。
席を変えるのは賢さだ。
勝てない場所で消耗しないことが、生き残りになる。

これを知らないまま努力するのは、目隠しをしたままのマラソンだ。

このシリーズでは夢を否定する。
ただし、それは人を潰す夢だけだ。

次はもう一歩踏み込む。
ポジションのコマ数は最初から決まっているという、誰も教えてこなかった話をする。

ここまで読んでムッとしたなら正常だ。
少し楽になったなら、もう地図は渡せている。

この話は、教育や進路を考えるための前提として書いている。同じテーマはブログ内の「前提」「教育」のカテゴリにまとめてある。#前提 #教育 #思考の前提 #進路 #努力信仰

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