まとめ|13歳で体験した「信用」の授業

今回の出来事は、
派手でもなければ、
ドラマチックでもない。

チラシが落ちていた。
住民が拾った。
電話が一本入った。
お金の振り込みが止まった。

それだけだ。

でも、この流れの中に、
社会の構造がそのまま入っていた。

仕事の世界では、
・気持ちは評価されない
・年齢は免罪符にならない
・説明より、結果が先に来る

そしてもう一つ。

信用は、履歴で見られる。

次男は、
それまで一度もクレームをもらっていなかった。
だからこそ、
不動産会社は頭ごなしに切らず、
「何か変わったことはありましたか」と聞いてきた。

積み上げた信用は、
確かに本人を守っていた。

同時に、
その信用が
一瞬で揺れることも体験した。

親としてできたことは、
正解を教えることではない。

社会がどう動くかを、
家庭の中で再現しただけだ。

怒らなかった母。
怒った父。

どちらも、
社会の別の側面を担当した。

感情をぶつけない社会と、
線引きを要求する社会。

その両方を、
13歳のうちに体験できた。

これは、
失敗談ではない。

信用という、目に見えない資産の授業だ。

この授業は、
学校では教えられないし、
テストにも出ない。

でも、
人生では何度も出題される。

だから私は、
この一件を
「いい教育だった」と思っている。

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