第3話|怒らなかった母と、怒った父。どちらも正解だった

この出来事のあと、
家族で話をした。

私は怒らなかった。
夫(芋)は怒った。
次男は、かなり厳しく言われたはずだ。

結果として、
iPadと携帯は1週間禁止になった。

外から見れば、
「どっちが正しい親なのか」
という話に見えるかもしれない。

でも私は、
どちらも正解だったと思っている。

私が怒らなかったのは、
もう次男が
「十分に現実を見た」と感じたからだ。

・仕事の報酬が止まった
・大人がメールでやり取りをした
・空気が変わった
・次があるか分からない、という状態に置かれた

これは、
怒鳴られるよりずっと重い。

社会は、
感情をぶつけてはこない。
ただ、静かに条件を変える。

その感覚を、
13歳で体験している。

一方で、
夫が怒ったのも理解できる。

それは感情的な怒りというより、
「仕事を軽く見るな」
という線引きだった。

・他人の家の前は、他人の資産
・配ると決めたものは、最後まで管理する
・自分がやっていなくても、責任は自分に来る

このあたりは、
言葉で説明するより、
一度きつく叩き込んだ方がいい。

iPadや携帯の制限も、
罰というより
記憶に残すための装置だと思っている。

もしこれが本当の社会なら、
・理由の説明はない
・改善点も教えてもらえない
・ただ次から声がかからなくなる

今回は違う。

家庭の中で、
社会の縮小版を体験できた。

だから私は、
この一件を「失敗」とは呼ばない。

むしろ、
前倒しで得た社会経験だ。

信用は、
積み上げるのに時間がかかる。
失うのは、一瞬。

でも同時に、
信用は
「一度揺れても、立て直せる」
ということもある。

それを13歳で知れたのは、
かなり大きい。

次に仕事をもらえるかどうかは、
正直、分からない。

でも、
もし次があったなら、
この経験は必ず効く。

そして、
もし次がなかったとしても、
それもまた現実だ。

家庭でできる教育は、
きれいな話を教えることじゃない。

こういう
小さくて、地味で、
でも確実に心に残る経験を、
安全な場所で一度通すこと。

今回の件は、
その意味で
とても良い教育だったと思っている。

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