しぶとく一緒にいる理由は、愛でも我慢でもない
ここまで書いてきて、
たぶん一番聞かれるのはこれだ。
「じゃあ、なんでまだ一緒にいるの?」
正直に言うと、
それは愛だからでも、
我慢しているからでもない。
そして、
「私たちが〜」という話でもない。
あくまで、私の話。
芋は今でも、
冗談っぽく、ことあるごとに
「じゃあ離婚だね」
「もう無理だわ」
みたいなことを口にする。
ただしこれは、
完全な冗談でも、
完全な本気でもない。
冗談半分、本気半分。
本気で切る覚悟が固まっているわけじゃない。
でも「ゼロではない」という意思表示でもある。
たぶん芋にとっては、
それが感情の逃がし方であり、
自分の限界ラインの出し方なんだと思う。
昔の私だったら、
この言葉はかなり効いていた。
住む場所の選択肢がなかった頃。
一人で子どもを育てられないと思っていた頃。
弱者だった頃の私には、
それはほぼ脅しだった。
でも今は違う。
その言葉を聞いても、
私はもう崩れない。
なぜなら、
私が一緒にいる理由は
感情でも、恐怖でもなく、
設計だから。
私は、
パートナーシップを
「一度結んだら固定されるもの」
だとは思っていない。
永続契約じゃない。
更新型。
今の条件で、
今も一緒にいる意味があるか。
今の距離感で、私は息ができているか。
この関係は、私を壊していないか。
その都度、
私は私の側から
見直している。
だからこれは、
惰性じゃない。
縛りでもない。
犠牲でもない。
私が、今も選んでいる。
芋がどう思っているか。
芋が冗談半分でどんなカードを出すか。
それは、私にはコントロールできない。
でも、
私がこの関係にいるかどうかは、
私が決められる。
昔は違った。
別れられなかった。
終われなかった。
選択肢がなかった。
だから関係は、
生存になっていた。
今は違う。
私は、
離婚できる状態にいる。
だからこそ、
離婚を急がない。
切れるカードを持っているから、
切らなくてよくなった。
芋が冗談半分で
離婚をちらつかせても、
私はそれに振り回されない。
それは、
私の人生のハンドルを
もう相手に渡していないから。
私は、
愛だけでここにいるわけじゃない。
我慢で耐えているわけでもない。
今の設計が、まだ機能している。
それだけ。
そして、
機能しなくなったら、
私は設計を変える。
それが無理なら、
この関係は終わる。
この前提があるから、
私はしぶとく、でも静かに、
ここにいる。
#前提
#パートナーシップ
#離婚
#40代50代
#設計
この話は「前提」カテゴリにまとめてあります。


コメント