介護の地獄 第2話|「一人で抱える」は、最初から破綻している

介護で一番最初に壊れる前提。
それは、

「一人で抱える」ことが成立すると思っていること


介護は、
突然フルマラソンを走らされる出来事じゃない。

最初は散歩みたいな顔をして近づいてくる。

・通院の付き添い
・書類の手続き
・ちょっとした見守り

「これくらいならできる」
「今だけなら大丈夫」

そう思わせる構造をしている。


問題はここからだ。

介護には
終わりが見えない。

ゴールがない。
期限もない。
「いつまで」が存在しない。

それなのに、人はこう考える。

今は私がやる
落ち着いたら考える
そのうち誰かに頼む

でも、
その“そのうち”は来ない。

なぜなら
「回ってしまっているから」。


一人で抱えられてしまう人は、
たいてい有能だ。

・理解力がある
・判断が早い
・責任感が強い
・周囲に迷惑をかけたくない

だから最初から
「任される」。

そして、回してしまう。

ここが罠だ。


介護は、
回っているうちは誰も止めない。

むしろ褒められる。

よくやってるね
あなたがいて助かる
家族思いだね

でもこの言葉は、
支援じゃない。

固定化だ。

役割が固まり、
逃げ道が消えていく。


「一人で抱える」介護が破綻する理由は、
感情論じゃない。

構造の話だ。

・代替要員がいない
・休めない
・判断も責任も全部一人
・倒れた瞬間、全崩壊

こんな設計、
仕事でも家庭でも
成立するわけがない。

介護だけが
なぜか許されているだけ。


しかも厄介なのは、
本人が「まだいける」と思ってしまうこと

疲れているのに。
限界なのに。
もう正常な判断ができないのに。

それでも
「私がやらなきゃ」と思ってしまう。

これは性格の問題じゃない。

役割に閉じ込められた結果だ。


一人で抱える介護は、
優しさの問題でも
覚悟の問題でもない。

最初から設計ミス

・最初に分担を決めなかった
・限界ラインを設定しなかった
・「降りる条件」を作らなかった

それだけだ。


このあと、
多くの人はこうなる。

・助けを求めるのが遅れる
・外部支援を「負け」だと思う
・本人の希望を断れなくなる

そして、
壊れる。


次の話では、
なぜ「本人の希望を最優先する介護」が
最も残酷な結果を生むのかを書く。

それは
優しさの話じゃない。

放棄の構造の話だ。


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