AYA取り扱い説明書|第4話

― 日本が嫌いになったわけではない ―

先に言っておく。

私は
日本が嫌いになったわけじゃない。

今でも好きだし、
たぶんこれからも好き。

清潔さも、
細やかさも、
言葉の美しさも、
ごはんのレベルの高さも。

全部、本当。

じゃあなんで
「日本のやばさが見えすぎる」
みたいなことを言い出したのか。

理由はシンプル。

中と外、両方を知ってしまったから。

日本の中にいるときは、
それが世界の標準だった。

だから疑問も出ないし、
違和感も感じない。

でも一度、
外の基準を身体に入れてしまうと、
日本が急に
「よく設計されたローカルルール」に見えてくる。

ここがポイントで、

やばい=劣っている
じゃない。

やばい=特殊

  • ここまで空気を読む社会
  • ここまで役割を背負う文化
  • ここまで自分を抑える前提

これ、かなり尖ってる。

好きかどうかとは別に、
強烈な構造をしている。

私は日本を否定したいわけじゃない。

ただ、
「日本が唯一の正解」
という前提だけは、
もう信じられなくなった。

それだけ。

だから今の私は、
日本に戻れるし、
日本でやっていくこともできる。

でも、
日本仕様に自分を完全に合わせることは、もうしない。

それが
日本を軽んじている態度に見えるなら、
それは誤解。

むしろ逆で、
ちゃんと距離を取れるくらい
好きになっただけ。

——近すぎると、構造は見えない。

(つづく)


#AYAstory
#AYA取り扱い説明書
#日本という構造
#相対化
#距離感

※この話は「AYA STORY」カテゴリにまとめてあります

コメント