― 26歳、外に出たら前提が壊れた ―
26歳で、日本の外に出た。
大きな決意があったわけでも、
日本が嫌だったわけでもない。
流れ。
タイミング。
気づいたら外にいた。
で、最初に思ったのがこれ。
あれ?世界って、思ってたより雑じゃない?
人は時間に遅れるし、
説明は雑だし、
責任の所在もふわっとしてる。
でもその代わり、
- 多少ズレても誰も気にしない
- 役割からはみ出しても怒られない
- 正解を知らなくても生きていける
この空気に、
私は一瞬で馴染んだ。
いつものやつだ。
どこでも馴染む仕様、発動。
……と思ったら、
ここで初めて違和感が出た。
日本のやり方が
急に見えすぎる。
良いところも、
美しいところも、
大好きなところも、
同時に
- 同調圧力
- 空気の濃さ
- 説明責任の過剰さ
全部、輪郭くっきり。
日本が悪い、ではない。
むしろ今でも好き。
ただ、
比較対象を持ってしまった。
一度これを持つと、
もう戻れない。
私はこのとき初めて知った。
25年間、
私は日本に「適応していた」だけで、
日本仕様に最適化されていたわけではなかった。
だから問題なく回っていたし、
だから違和感もなかった。
外に出た瞬間、
初めてOSが気づく。
「あ、これ
一国専用じゃないな」って。
ここから私は、
どこにも完全には戻れなくなる。
日本にも、
外の国にも。
代わりに手に入れたのは、
相対化できる視点。
便利だけど、
ちょっと厄介なやつ。
——AYA、ここで完全にバグる。
(つづく)
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