――壊していい前提、壊したら詰む前提
このシリーズで見てきたのは、
文化の優劣でも、
国の正解不正解でもない。
前提の話だった。
オーストラリアの
「それ私の仕事じゃない」は、
冷たさじゃない。
労働者を守るための設計。
線引きがあるから、
燃え尽きにくい。
善意が搾取に変わりにくい。
大きな組織ほど、これは必要になる。
一方で、
その設計の中では
「あと一手」が消える。
サービスを受ける側は、
諦めることを覚える。
期待値を下げることで、
自分を守る。
これは、
良い・悪いの話じゃない。
覚悟の話。
日本の学校で
子どもが掃除をする文化。
これは効率でも
根性論でもない。
「使った人が整える」
「汚れ仕事を下に見ない」
「誰かのせいにしない」
この前提が、
社会の底板を作ってきた。
日本の教育は、
壊していいところが山ほどある。
同調圧力。
空回りの努力。
意味の薄れた受験競争。
でも——
ここだけは壊したら詰む。
大きな組織では線引きが必要。
小さい組織では人が出る。
これは国の違いじゃない。
規模と設計の問題。
だから、
日本 vs オーストラリア
という雑な対立では語らない。
見るべきは常に、
どんな前提で回しているか。
私の結論は、
「どちらかを選ぶ」ではない。
外では
線引き前提で動く。
内では
気づいたらやるOSを捨てない。
二重OSで生きる。
他人に強制しない。
評価も求めない。
でも、自分の中からは消さない。
『それ私の仕事じゃない』社会で
生きる覚悟とは、
何も感じなくなることじゃない。
諦めきることでもない。
切り替えられること。
そして、
何を最後まで手放さないかを
自分で決めていること。
それだけで、
どこの国でも
どんな組織でも、
まあまあ折れずに生きられる。
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※この話は「前提」カテゴリにまとめてあります


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