――壊れないための「二重OS」という選択
ここまでの話で、
もう分かってきたと思う。
この問題、
国を変えても
制度を変えても
誰かを説教しても
解決しない。
だから必要なのは、
戦うことでも
諦めることでもなく——
切り替えること。
私は今、
オーストラリアで生きている。
だから外では、
完全に前提を合わせる。
- 期待しすぎない
- 30秒の情を求めない
- 「それは私の仕事じゃない」を前提として動く
ここで日本的感覚を振りかざすと、
ただ疲れるだけだから。
これは
妥協じゃない。
適応。
でも同時に、
それを自分の中から
消したわけじゃない。
家ではやる。
気づいたらやる。
自分が使った場所は整える。
それを
他人に強制もしないし、
評価も求めない。
自分のOSとして残す。
これが、
私なりの結論。
外側の社会用に
「やりませんOS」
内側の自分用に
「気づいたらやるOS」
この
二重OSで生きる。
ここ、勘違いされやすいけど大事。
二重OSは
「どっちつかず」じゃない。
むしろ逆。
- 外では割り切る
- 内では手放さない
両方を
はっきり使い分ける。
これができないと、
どっちの社会でも壊れる。
日本的OSだけで
オーストラリアに来ると、
「なんで誰もやらないの?」
で消耗する。
オーストラリア的OSだけを
日本に持ち帰ると、
「冷たい人」になる。
だから
混ぜない。
切り替える。
教育の話に戻す。
日本の学校教育は、
壊していいところが山ほどある。
でも
「自分の後始末をする」
「場を整える」
「汚れ仕事を下に見ない」
このOSだけは、
子どもに残しておけばいい。
社会に出たら、
どうせ外注文化も
線引き文化も
嫌でも学ぶ。
でも
一度失ったOSは、あとから入らない。
『それ私の仕事じゃない』社会で
生きる覚悟とは、
その社会に合わせて
自分を空っぽにすることじゃない。
切り替えられる強さを持つこと。
次はいよいよまとめ。
壊していい前提と、
壊したら詰む前提。
ここをはっきり言う。
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