70代・最終段階シリーズ|2話目

遺言を書き始めた、明確な理由

遺言を書き始めたのには、
はっきりした理由がある。

老いが怖くなったからでも、
死を意識したからでもない。

話し合えなかったから。


長期スパンの話し合いが、できない

うちは、
芋と長期スパンでの話し合いができない。

価値観が違うとか、
仲が悪いとか、
そういう話じゃない。

時間軸が合わない。

・5年先
・10年先
・その後

この話になると、
議論が成立しない。

だから、
話し合いで未来を決める、
という選択肢が最初からない。


じゃあ、どうするか

話し合えないなら、
決めるしかない。

でも
相手を説得するために決めるんじゃない。

自分の判断を、形に残すために決める。

その手段として、
一番現実的だったのが
遺言だった。


投資を始めたことが、転機になった

もう一つ、
遺言を書き始めた明確な転機がある。

投資を始めたこと。

投資を始めると、
嫌でも考えさせられる。

・このお金は誰のものか
・もし途中で止まったらどうなるか
・判断できなくなったら誰が動かすか

お金が
「今の生活費」から
未来の意思に変わった瞬間だった。


お金が動き出すと、設計が必要になる

貯金のままなら、
曖昧でもなんとかなる。

でも投資は違う。

・放置していいのか
・止める判断は誰がするのか
・どこまで許容するのか

これを
誰にも伝えずに始める方が、
よほど無責任だと思った。

だから、
言葉にする必要があった。


遺言は「関係性の代替装置」

本音を言うと、
遺言は
理想の形じゃない。

本当は、
長期スパンで
ちゃんと話し合えたら一番いい。

でも、
それができない関係性もある。

そのときに必要なのは、
感情論じゃなく
構造

遺言は、
話し合いが成立しない場合の
代替装置だ。


決めたのは「支配」じゃなく「責任」

勘違いされたくないから、
はっきり書いておく。

遺言を書くのは、
相手を縛るためじゃない。

自分の判断に責任を持つため。

・迷わせない
・丸投げしない
・善意で壊させない

それだけ。


最終段階は、突然始まらない

遺言を書き始めたのは、
70代の話をしたかったからじゃない。

・話し合えない現実
・お金が動き始めた現実
・判断を残す必要性

これが
同時に来ただけ。

最終段階は、
ある日突然始まるものじゃない。

こうやって、静かに始まる。


次は、
③ 判断できなくなったとき「誰が何を決めるのか」
ここを書かないと、
遺言はただの紙になる。


#70代 #最終段階 #終活 #遺言 #投資 #人生設計
この話は「70代 終活」カテゴリにまとめてあります。

コメント