自分の人生を、自分でやる。答えがない世界で、私が書く理由

最近、ブログの数字を眺めていて、
正直にうれしかったことがある。

90人。
たった90人かもしれないけど、
desktopで、わざわざ読んでくれている人がいる

スマホで流し見じゃない。
PCを開いて、時間をつくって、文章を読む。
それって、もう「消費」じゃなくて読書だと思う。


私はずっと、
「役に立っているかどうか」を
数字より体感で判断してきた。

なぜなら、
このブログが一番役に立っているのは、
書いている私自身だから。

言語化すると、人生は整理される。
これはきれいごとじゃない。

  • 何に困っているのか
  • どこが前提として壊れているのか
  • 何を変えられて、何は変えられないのか

言葉にした瞬間、
霧みたいだった不安に輪郭が出る。

でも、多くの人は言語化しない。
というより、できないまま忙しくなる


私は「答え」を出す発信に、
ずっと違和感がある。

人生、お金、子育て、移住、働き方。
条件が一つ違えば、結果は全部変わる。

それなのに
「これが正解です」
って言い切るのは、
無責任に感じてしまう

うまくいかなかった時、
その人は自分を責めるか、
発信者を恨むか、どちらかになる。

どちらも、健全じゃない。


だから私は、答えを渡さない。

やっているのはこれだけ。

  • 前提を言語化する
  • 構造を分解する
  • 判断の軸を置く

決めるのは、読む人自身。

人生のハンドルを、
他人に渡さないために。


「自分の人生 自分でやって」

**ちゃんみな**のこの一行、
冷たく聞こえる人もいるかもしれない。

でも私は、
これが一番誠実で、
一番やさしい距離感だと思ってる。

誰かの人生を、
私の言葉で確定させたくない。

その代わり、
考えるための地図だけは、置いていく。


このブログは、
正解を探しに来る場所じゃない。

前提を疑って、
自分の人生を組み直すための、
思考のログ

90人でも、十分すぎる。
ちゃんと読んでくれる人がいるなら。

私はこれからも、
答えを出さずに、書き続ける。


#言語化 #前提 #人生設計 #思考ログ #答えはない
※この話は『前提』カテゴリにまとめてあります

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