③ 「良かれと思って」が一番危ない
親の介入で、
いちばん厄介なのは何か。
それは、
悪意がないことだ。
良かれと思って。
心配だから。
失敗させたくないから。
この気持ちは、
どの親にもある。
そして、この動機こそが
一番ブレーキがかからない。
例えば、こんな介入。
・この学校の方が将来有利
・その友達とは距離を置いた方がいい
・今やらないと後で困る
・みんなこうしてるから
どれも、
親の人生経験から出てきた
「正しそうな判断」だ。
でも問題は、
その正しさが
子どもの人生にとって正解とは限らないこと。
親が生きてきた時代と、
子どもが生きていく時代は違う。
必要とされる力も、
評価されるルートも、
失敗の許容範囲も変わっている。
それなのに、
親の物差しを
そのまま当てはめてしまう。
ここで、
子どもは二つの選択肢に追い込まれる。
・親の期待に合わせて生きる
・親の期待から逃げる
どちらを選んでも、
「自分で選んだ感覚」は育ちにくい。
特に怖いのは、
親が先回りして
困りそうなことを全部潰してしまうこと。
失敗しない。
でも、立て直し方も学ばない。
親の管理下ではうまくいく。
でも、外に出た瞬間に詰む。
これは珍しい話じゃない。
「いい学校」
「安全な進路」
「無難な選択」
それを積み重ねてきた子ほど、
想定外に弱い。
良かれと思ってやったことが、
結果的に
判断筋力を奪っている。
親の役割は、
転ばせないことじゃない。
転んだあと、
立ち直れる余地を残すこと。
・失敗しても修正できる
・やり直しても価値が下がらない
・選び直しても責められない
この前提があるだけで、
子どもは自分で選び始める。
介入しすぎないというのは、
突き放すことじゃない。
「あなたの人生は、あなたが運転していい」
そう伝えることだ。
良かれと思って、
ハンドルを握り続けない。
親は、
ブレーキと保険だけ持っていればいい。
それ以上は、
子どもの領域だ。
次は、
親が“手を離すとき”に起きる変化
その話を書く。
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この話は「教育」カテゴリにまとめてあります。


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