日本人が宗教問題を「他人事」にできる理由|3話目

なぜ日本では「宗教を理由にした特別扱い」が通りにくいのか

日本では、
宗教を理由にした特別扱いが、ほとんど通らない。

これは
排除でも
差別でもない。

社会の前提の話だ。


たとえば 日本 では、
はっきり書かれていなくても
共有されている感覚がある。

・ルールは全員共通
・例外は極力作らない
・一人の事情で全体は変えない

この前提が、
社会の下に敷かれている。


だから
「宗教上の理由で免除してほしい」
「特例として認めてほしい」
という話が出た瞬間、
場が静かに固まる。

誰も怒らない。
誰も否定しない。

ただ、
前に進まない


日本のやり方は、
とても日本的だ。

  • 明確にNOと言わない
  • でもYESにもならない
  • 前例を作らない
  • 空気で止める

結果として、
特別扱いは成立しない


これは
宗教を軽視しているわけでも、
信仰を否定しているわけでもない。

単に、
宗教を社会設計の材料に使わない
という選択をしてきただけ。


無宗教が多数派の社会では、
宗教は
「個人の内側の事情」になる。

社会のルールを
上書きする理由には
使われにくい。


この仕組みのおかげで、
日本では
宗教問題が表に出にくい。

でも同時に、
調整の言葉や
制度は育たなかった。


日本は、
特別扱いをしないことで
静けさを保ってきた国だ。

それが
強さでもあり、
弱さでもある。


#宗教
#無宗教
#日本社会
#多様性
#海外生活

※この話は「多様性」カテゴリにまとめてあります

コメント